2014/11/03

再UP:No thanks! 産地偽装の【禅もどき】。

もう大分前の話になりますが…



04/29/14に、「Oops! またやっちゃったよ、ブリトニー。」というふざけたタイトルの一文を公開しました。
エックハルト・トールについての思うところ、「ここが変だよ」と感じたところ、その他、参考にしたHPへのリンクなどを寄せ集めたものです。



が!!!


すぐに引っ込めてしまいました。
「このような個人の中傷とも取れるような文章(コメント部分の「元友人」からの掲示板投稿のことです。)を、裏も取らずに無批判に掲載し続けるのが良いことなのか、って。
人の道としてそれは本当に正しいことなのか、って。
自分でも答に詰まってしまいましてね。



コメントしてくださったayafuyaさん、そして、「あれ~?別の記事、確かにあったはずなのに…」と何度も再訪してくださった皆様、本当にごめんなさい。
ようやく覚悟が出来ましたので、昨夜、若干の修正や新ネタを加えた上で謹んで再公開いたしました。


【Oops! またやっちゃったよ、ブリトニー。】

警告!!!
エックハルト・トールの大ファン・信奉者の方は、
たぶんお読みにならない方が幸せかと存じます。
世の中にはスルーした方が精神衛生上良いこともありますので...。)



記事を引っ込めてからも、いろいろとこの件について調べ続けました。
そして、「再掲載するに足る、納得できる理由」が見つかるまでは再upしない、と、心に決めたのです。



この間、大きなヒントを与えてくれたのが、下の本。
おなじみ、ドクター苫米地の処女作・「洗脳原論」です。


洗脳原論
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苫米地 英人
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苫米地英人博士
お名前を出しただけで好き嫌いがはっきりと分かれる方かもしれません。
「洗脳原論」という本には読んで良かった!基本的なことが学べた!ということで、★★★★★(五つ星)評価をつけましょう。




ただ、苫米地博士という人物に関しては、私の理解をはるかに超えた巨人/怪人という気がします。
博士の業績や、主義・主張の全てに同意するつもりは毛頭ありません。
「洗脳原論」という書籍は肯定的に評価するものの、それ以外の著作については自分で読んで確かめてみたわけではないので、まぁ、判断留保、といたしましょう。コメントできる程読んではいないんですよ。




一応、公式HPのリンク、貼っておきましょうか。
苫米地英人公式サイト:脳と心を洗いなさい!

(↑ぶわははは...!!!脳、洗っちゃまずいでしょーに~~~!!!)



決して全ての宗教を否定されている方ではないんですよ。
天台宗のお坊さんとして得度され、現在では天台宗ハワイ別院の国際部長という役職も務められている、とのこと。
(参考:クラブ苫米地 http://www.club-tomabechi.jp/prevew02.html の記事)



認知科学研究者・指導者・宗教者としての傍ら、「サイゾー」「サイゾーウーマン」といった、ずばり言って下世話趣味の人(もちろん読んでます☆)をターゲット読者とする活字メディアを発行する企業のオーナーでもあります。
とにかく、型破りという言葉がぴったりの方ですね。
この「洗脳原論」でも詳細に書かれていますけど、オウム真理教の元信者の脱洗脳(本書では「デプログラミング」の用語を多用。)プロセスに深く関わり、それなりの成果を挙げられたようです。




最近ではオセロの中島知子さんの脱洗脳プロセス絡みでお名前を知った、という方もいるのでは。




「洗脳原論」でも繰り返していらっしゃるように、脱洗脳(デプログラミング)というのは、ちょっとしたきっかけで全てがご破算になってしまう危険と常に隣り合わせだそうなので、まだ完全に気を許すことはできないみたいですね。
中島さんには、休業した分を補って余りあるようなご活躍を期待したいものです。才能ある方だと思うので。



「洗脳原論」から、私がエックハルト・トールという著者を自分の中で位置づけるのに役立った部分、少し引用しましょうか。


「洗脳を知るバロメーターとして、
洗脳の深さ、浅さという問題がある。
どちらが危険かは明言できないが、

外的刺激に対する認識の判断基準が、
肉体に近いか、抽象度の高い思考
すなわちフィロソフィーに近いかで、
洗脳の深度は決まってくる。


抽象度の高い思考
に依拠するほうが、
手の込んだ深い洗脳が
施されていて、
解けにくいと考えられる。





「人の心には、決して素人が素手で触れてはいけない
意識の闇の部分がある。
それを本書では、ダークネス・バウンダリー(darkness boundary)、
すなわち闇との境界線と便宜的に呼ぶことにする。

(中略)


カルトのはじまりは、何らかのきっかけで

ダークネス・バウンダリーを
超えてしまった教祖と
その周囲の『勘違い』が
その発端になっている

といっても過言ではないだろう。」



「現実世界の空気を吸って生きていくことが、

われわれ人間本来の姿である。
可能性世界への過剰な逃避は、
現実世界で感じる痛みを希薄にする。


洗脳の副作用は、
この痛みに関する
人間的な完成の鈍化であり、
他者に対する
ラディカルな意味での
想像力の欠如


なのである。」



「エリクソン派(注)の学者のあいだでは、

変性意識を誘導するような発話をしたり、
通常の会話でも話し方を変えるなどといった
高度な技術も発明されている。





(注:アメリカ人精神科医ミルトン・エリクソン (上の動画のおじいさんです。)を祖とする、催眠療法の一派。
本家本元のエリクソン自身は誠実な臨床家だった、というのが定説のようです。
大衆の洗脳などに悪用されるというのは、彼の本意ではなかったと思いますね。)


たとえば


変性意識を誘導する発話では、
常に、低いゆっくりした声で話す


といったふうに...

(中略)


古典的な催眠とは異なり、


被験者がほとんど意識することなく、
自然に通常の会話から
変性意識状態に
誘導されるのである。

(中略)

こうした自然な行為にアンカーを埋め込むことは、


エリクソン派のカウンセリングだけでなく、
現代的な洗脳においても利用されている。


説法会で教祖の声を聞くだけで、
あるいは常に独特のリズムの口調を
続けることで変性意識化するように、
非洗脳者は知らないうちに
仕掛けられているのである。


こちらの掲示板ページ、The AnticultさんとChris Dalinさんという方々の投稿に「エックハルト・トールは明らかにエリクソニアン派の催眠技法を使用している」との見解が示されています。

http://forum.culteducation.com/read.php?12,7166,56186#msg-56186


「ザ・お仕事」のバイロン・ケイティー女史もほぼ同罪(もしくは、より重罪)なんですって。この二人(トール&ケイティー)、とても仲が良くって、お互いのことをさかんに褒めちぎっているそうです。
エリクソニアン催眠+オプラ・ウィンフリーつながり、なのかな。




「洗脳のひとつの典型的手法は
精神のゲシュタルト
【=全体性を持ったまとまりのある構造。/筆者注
を破壊することにある。
一部のセミナーグループが行っている、
いわゆる「気づきのワーク」などは、
皮肉にもゲシュタルト・セラピーを手本にしたとされているが、


『いま、ここで』といった言葉をつかい、


セミナー団体の構成員としての『いま、このとき』のみに
関心を持たせ、


本人の過去からの心的な切り離し、
さらには社会的な役割を持った未来からの
切り離しを行なうことを目的とした
ゲシュタルト破壊の手法として機能している。」





「いま、ここで」の強調は、他の教えにも見られること。
なので、大して「危ない!」なんて考えたりしないんですよね。
...ある一線を超えるまでは。



その「一線」を超えてしまうと、どうなるのでしょうか。



これまで歩んできた道を忘れ去ることによって、「過去に学ぶ」「過去の過ちを反省する」という作業が軽視されてしまう。



また、未来を考えないことにより、行き当たりばったりな生き方をするようになる。
自分の無責任な行動により、周囲がどれだけ迷惑を被るか、といったことにまで考えが及ばなくなる。


「何も考えない、困った奴」へといとも簡単に堕してしまう可能性が高くなる、ってことです。
「脳内お花畑」と揶揄されるスピ系・ニューエイジ系大好きの人々は特にその危険が高そうです。
(←これ、自戒の念込めて書いてますよ。他人事とは思えませんから...。)

「麻痺させていって、痴呆化させる」。
コンピュータと人間の知能の関係を扱った本なのですが、ナイス☆タイトル!ですね。

出版社名もステキです。
"Numbing us down and Dumbing us down" Harold Finkleman, R.H. Positive, 2007



「大事なのは、今。先のことは考えない。」


ここを歪めて解釈する人が増えると、下のような事態がますます頻発するようになるのでしょうか?






「メジャー・レリジョンというのは、
宗教の生存競争を勝ち抜いてきただけあって、
それだけ強力な求心力を持っていると考えられる。
それに、


新しく教義を作るより
真似たほうが簡単である。」



あぁ、それで「禅もどき」的な本の誕生、ってなるわけですね。
なるほどね。
新規開発よりも、既に出来上がったものを「お色直し」した方が手間もかからないし、大勢の人にもアピールする、ってことなんですか。
まぁ、よくよく考えてみると、これ、マーケティングの基本と言えるかも。


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(私、どちらも大好きですよ~。ただ、「いちご新聞」を毎号小学生の時に買って、「大人になったら五反田のサンリオ本社で働きたい!」と夢見ていた者としては、「サンリオよ、それで本当にいいのか?」と、ちょっとだけ心配したくなってしまうんですよ。)




40年前は一部100円でした。



「明日死ぬとわかっていてもするのが、養生。」



とは、作家の五木寛之さんの名言ですが、


【参考:「死ぬ日を最高にもっていく」 帯津良一コラム
NPO法人 日本ホリスティック医学協会のHPより。】

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(お釈迦様が何度も強調されたように、いずれみんな病みます。
みんな死にます。いつ、その日が来てもあわてることが無いようにしたいものです。この三冊、私にとっては宝物ですね~。)



ちょいと加工しまして、


「明日死ぬとわかっていてもするのが、
真実の探求。」


と、行きたいもんですね。



死ぬまで勉強は終わらないんです。
死んでも、(たぶん)続けていくんです。
永遠に終わらない旅のようなもんです。
「禅もどき」と遊んでいる暇があったら、早いとこ本筋に戻って、自分なりの真実、他の誰にも操作されていない、自分だけの真実を少しでも明らかにしていかないと、ね。




あぁ、そういえば、既にこの方が似たようなこと、おっしゃっていましたっけ。


"Live as if you were to die tomorrow. Learn as if you were to live forever." 

(明日死ぬかのように生きてみなさい。
永遠に生きるかのように学んでいきなさい。)  マハトマ・ガンジー







私たちを内側から強く(empower)してくれるのは、こうした血と汗と涙で彩られた実体験を持つ人が遺してくれた、ずっしりと重い言葉ではないでしょうか。
心地良い書斎の巨大なアームチェアーからやって来るなんてことは、まず、あり得無い...と思います。




今の世の中、あまりにもニセモノやコピペのやっつけ仕事が横行しすぎです。
「智慧」ぐらいは、ぎっしり中身が詰まったで本物でないと、ねぇ。
ヴァーチャルリアリティじゃ、困るんですよ。ええ。



さっ、少し玄関先の落ち葉掃除でもしよう。