2014/11/03

再UP:No thanks! 産地偽装の【禅もどき】。

もう大分前の話になりますが…



04/29/14に、「Oops! またやっちゃったよ、ブリトニー。」というふざけたタイトルの一文を公開しました。
エックハルト・トールについての思うところ、「ここが変だよ」と感じたところ、その他、参考にしたHPへのリンクなどを寄せ集めたものです。



が!!!


すぐに引っ込めてしまいました。
「このような個人の中傷とも取れるような文章(コメント部分の「元友人」からの掲示板投稿のことです。)を、裏も取らずに無批判に掲載し続けるのが良いことなのか、って。
人の道としてそれは本当に正しいことなのか、って。
自分でも答に詰まってしまいましてね。



コメントしてくださったayafuyaさん、そして、「あれ~?別の記事、確かにあったはずなのに…」と何度も再訪してくださった皆様、本当にごめんなさい。
ようやく覚悟が出来ましたので、昨夜、若干の修正や新ネタを加えた上で謹んで再公開いたしました。


【Oops! またやっちゃったよ、ブリトニー。】

警告!!!
エックハルト・トールの大ファン・信奉者の方は、
たぶんお読みにならない方が幸せかと存じます。
世の中にはスルーした方が精神衛生上良いこともありますので...。)



記事を引っ込めてからも、いろいろとこの件について調べ続けました。
そして、「再掲載するに足る、納得できる理由」が見つかるまでは再upしない、と、心に決めたのです。



この間、大きなヒントを与えてくれたのが、下の本。
おなじみ、ドクター苫米地の処女作・「洗脳原論」です。


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苫米地英人博士
お名前を出しただけで好き嫌いがはっきりと分かれる方かもしれません。
「洗脳原論」という本には読んで良かった!基本的なことが学べた!ということで、★★★★★(五つ星)評価をつけましょう。




ただ、苫米地博士という人物に関しては、私の理解をはるかに超えた巨人/怪人という気がします。
博士の業績や、主義・主張の全てに同意するつもりは毛頭ありません。
「洗脳原論」という書籍は肯定的に評価するものの、それ以外の著作については自分で読んで確かめてみたわけではないので、まぁ、判断留保、といたしましょう。コメントできる程読んではいないんですよ。




一応、公式HPのリンク、貼っておきましょうか。
苫米地英人公式サイト:脳と心を洗いなさい!

(↑ぶわははは...!!!脳、洗っちゃまずいでしょーに~~~!!!)



決して全ての宗教を否定されている方ではないんですよ。
天台宗のお坊さんとして得度され、現在では天台宗ハワイ別院の国際部長という役職も務められている、とのこと。
(参考:クラブ苫米地 http://www.club-tomabechi.jp/prevew02.html の記事)



認知科学研究者・指導者・宗教者としての傍ら、「サイゾー」「サイゾーウーマン」といった、ずばり言って下世話趣味の人(もちろん読んでます☆)をターゲット読者とする活字メディアを発行する企業のオーナーでもあります。
とにかく、型破りという言葉がぴったりの方ですね。
この「洗脳原論」でも詳細に書かれていますけど、オウム真理教の元信者の脱洗脳(本書では「デプログラミング」の用語を多用。)プロセスに深く関わり、それなりの成果を挙げられたようです。




最近ではオセロの中島知子さんの脱洗脳プロセス絡みでお名前を知った、という方もいるのでは。




「洗脳原論」でも繰り返していらっしゃるように、脱洗脳(デプログラミング)というのは、ちょっとしたきっかけで全てがご破算になってしまう危険と常に隣り合わせだそうなので、まだ完全に気を許すことはできないみたいですね。
中島さんには、休業した分を補って余りあるようなご活躍を期待したいものです。才能ある方だと思うので。



「洗脳原論」から、私がエックハルト・トールという著者を自分の中で位置づけるのに役立った部分、少し引用しましょうか。


「洗脳を知るバロメーターとして、
洗脳の深さ、浅さという問題がある。
どちらが危険かは明言できないが、

外的刺激に対する認識の判断基準が、
肉体に近いか、抽象度の高い思考
すなわちフィロソフィーに近いかで、
洗脳の深度は決まってくる。


抽象度の高い思考
に依拠するほうが、
手の込んだ深い洗脳が
施されていて、
解けにくいと考えられる。





「人の心には、決して素人が素手で触れてはいけない
意識の闇の部分がある。
それを本書では、ダークネス・バウンダリー(darkness boundary)、
すなわち闇との境界線と便宜的に呼ぶことにする。

(中略)


カルトのはじまりは、何らかのきっかけで

ダークネス・バウンダリーを
超えてしまった教祖と
その周囲の『勘違い』が
その発端になっている

といっても過言ではないだろう。」



「現実世界の空気を吸って生きていくことが、

われわれ人間本来の姿である。
可能性世界への過剰な逃避は、
現実世界で感じる痛みを希薄にする。


洗脳の副作用は、
この痛みに関する
人間的な完成の鈍化であり、
他者に対する
ラディカルな意味での
想像力の欠如


なのである。」



「エリクソン派(注)の学者のあいだでは、

変性意識を誘導するような発話をしたり、
通常の会話でも話し方を変えるなどといった
高度な技術も発明されている。





(注:アメリカ人精神科医ミルトン・エリクソン (上の動画のおじいさんです。)を祖とする、催眠療法の一派。
本家本元のエリクソン自身は誠実な臨床家だった、というのが定説のようです。
大衆の洗脳などに悪用されるというのは、彼の本意ではなかったと思いますね。)


たとえば


変性意識を誘導する発話では、
常に、低いゆっくりした声で話す


といったふうに...

(中略)


古典的な催眠とは異なり、


被験者がほとんど意識することなく、
自然に通常の会話から
変性意識状態に
誘導されるのである。

(中略)

こうした自然な行為にアンカーを埋め込むことは、


エリクソン派のカウンセリングだけでなく、
現代的な洗脳においても利用されている。


説法会で教祖の声を聞くだけで、
あるいは常に独特のリズムの口調を
続けることで変性意識化するように、
非洗脳者は知らないうちに
仕掛けられているのである。


こちらの掲示板ページ、The AnticultさんとChris Dalinさんという方々の投稿に「エックハルト・トールは明らかにエリクソニアン派の催眠技法を使用している」との見解が示されています。

http://forum.culteducation.com/read.php?12,7166,56186#msg-56186


「ザ・お仕事」のバイロン・ケイティー女史もほぼ同罪(もしくは、より重罪)なんですって。この二人(トール&ケイティー)、とても仲が良くって、お互いのことをさかんに褒めちぎっているそうです。
エリクソニアン催眠+オプラ・ウィンフリーつながり、なのかな。




「洗脳のひとつの典型的手法は
精神のゲシュタルト
【=全体性を持ったまとまりのある構造。/筆者注
を破壊することにある。
一部のセミナーグループが行っている、
いわゆる「気づきのワーク」などは、
皮肉にもゲシュタルト・セラピーを手本にしたとされているが、


『いま、ここで』といった言葉をつかい、


セミナー団体の構成員としての『いま、このとき』のみに
関心を持たせ、


本人の過去からの心的な切り離し、
さらには社会的な役割を持った未来からの
切り離しを行なうことを目的とした
ゲシュタルト破壊の手法として機能している。」





「いま、ここで」の強調は、他の教えにも見られること。
なので、大して「危ない!」なんて考えたりしないんですよね。
...ある一線を超えるまでは。



その「一線」を超えてしまうと、どうなるのでしょうか。



これまで歩んできた道を忘れ去ることによって、「過去に学ぶ」「過去の過ちを反省する」という作業が軽視されてしまう。



また、未来を考えないことにより、行き当たりばったりな生き方をするようになる。
自分の無責任な行動により、周囲がどれだけ迷惑を被るか、といったことにまで考えが及ばなくなる。


「何も考えない、困った奴」へといとも簡単に堕してしまう可能性が高くなる、ってことです。
「脳内お花畑」と揶揄されるスピ系・ニューエイジ系大好きの人々は特にその危険が高そうです。
(←これ、自戒の念込めて書いてますよ。他人事とは思えませんから...。)

「麻痺させていって、痴呆化させる」。
コンピュータと人間の知能の関係を扱った本なのですが、ナイス☆タイトル!ですね。

出版社名もステキです。
"Numbing us down and Dumbing us down" Harold Finkleman, R.H. Positive, 2007



「大事なのは、今。先のことは考えない。」


ここを歪めて解釈する人が増えると、下のような事態がますます頻発するようになるのでしょうか?






「メジャー・レリジョンというのは、
宗教の生存競争を勝ち抜いてきただけあって、
それだけ強力な求心力を持っていると考えられる。
それに、


新しく教義を作るより
真似たほうが簡単である。」



あぁ、それで「禅もどき」的な本の誕生、ってなるわけですね。
なるほどね。
新規開発よりも、既に出来上がったものを「お色直し」した方が手間もかからないし、大勢の人にもアピールする、ってことなんですか。
まぁ、よくよく考えてみると、これ、マーケティングの基本と言えるかも。


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(私、どちらも大好きですよ~。ただ、「いちご新聞」を毎号小学生の時に買って、「大人になったら五反田のサンリオ本社で働きたい!」と夢見ていた者としては、「サンリオよ、それで本当にいいのか?」と、ちょっとだけ心配したくなってしまうんですよ。)




40年前は一部100円でした。



「明日死ぬとわかっていてもするのが、養生。」



とは、作家の五木寛之さんの名言ですが、


【参考:「死ぬ日を最高にもっていく」 帯津良一コラム
NPO法人 日本ホリスティック医学協会のHPより。】

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(お釈迦様が何度も強調されたように、いずれみんな病みます。
みんな死にます。いつ、その日が来てもあわてることが無いようにしたいものです。この三冊、私にとっては宝物ですね~。)



ちょいと加工しまして、


「明日死ぬとわかっていてもするのが、
真実の探求。」


と、行きたいもんですね。



死ぬまで勉強は終わらないんです。
死んでも、(たぶん)続けていくんです。
永遠に終わらない旅のようなもんです。
「禅もどき」と遊んでいる暇があったら、早いとこ本筋に戻って、自分なりの真実、他の誰にも操作されていない、自分だけの真実を少しでも明らかにしていかないと、ね。




あぁ、そういえば、既にこの方が似たようなこと、おっしゃっていましたっけ。


"Live as if you were to die tomorrow. Learn as if you were to live forever." 

(明日死ぬかのように生きてみなさい。
永遠に生きるかのように学んでいきなさい。)  マハトマ・ガンジー







私たちを内側から強く(empower)してくれるのは、こうした血と汗と涙で彩られた実体験を持つ人が遺してくれた、ずっしりと重い言葉ではないでしょうか。
心地良い書斎の巨大なアームチェアーからやって来るなんてことは、まず、あり得無い...と思います。




今の世の中、あまりにもニセモノやコピペのやっつけ仕事が横行しすぎです。
「智慧」ぐらいは、ぎっしり中身が詰まったで本物でないと、ねぇ。
ヴァーチャルリアリティじゃ、困るんですよ。ええ。



さっ、少し玄関先の落ち葉掃除でもしよう。


9 件のコメント:

  1. 黒犬べーやんさん、こんばんは
    今年ももう11月ですね、お決まり文句ながら一年が早いですね!

    またまた、現在の心にズシーンとくる文面、ありがとうございます

    >「明日死ぬとわかっていてもするのが、真実の探求。」

    周りに、強要するわけではないのですが
    実直すぎるのも(本物を追求)考えものなんだろうな~(煙たがられる)
    と痛感していたところでした。

    >『いま、ここで』

    私が大っキライな言葉です。笑
    言われたら、
    今か今ではないかは自分が決めるんですけど?と思うのですが
    そのように思わないひとは、洗脳されやすいな気がします。

    >抽象度の高い思考に依拠するほうが、
    >手の込んだ深い洗脳が施されていて、
    >解けにくいと考えられる。」

    これ、反対でもいえることだと思うのですが
    「思考」ってそもそも抽象的なものだと思うんです
    体調や気分でも左右されるし環境でも変わりやすい。
    でも、自分自身で間違いながらも
    正しいと思う選択をしていけば
    依存しない思考(これも抽象的かと)が身に付き、
    洗脳されないような性格になるのではないかと、思うのです。
    ちょっと支離滅裂な見解ですが、、

    いちご新聞!なつかしいですね~!私も見てました!
    マイメロディが好きでした♪
    今は大人でも持てるようなサンリオグッズが出ていますよね。

    良い週末をお過ごし下さい☆

    返信削除
  2. T.I.さん、こんにちは。コメントありがとうございます。
    本当にあと1ヶ月ちょっとで年末なんて...リニア級の時間の速さに、ただ、驚くばかりです。
    ハロウィン終わったかと思いきや、クリスマスグッズが並ぶお店の対応の速さには、驚き通り越して呆れますよね...。季節感って、一体...(笑)


    周りに、強要するわけではないのですが
    実直すぎるのも(本物を追求)考えものなんだろうな~(煙たがられる)
    と痛感していたところでした。


    ああ、これは幼虫がサナギの姿になりつつある時には、どうしても避けて通ることができないジレンマ、ですよね。
    なんというか、自分の「これでいいのだ」「これを大事にしよう」が、周りの人には全く響かない。ピンと来てもらえない。
    そういう時って、とても孤独に感じませんか。
    「煙たがられるからには、こっちの方がクサい(=煙の発生源、と思われている。)のかもしれない...」って、判断に自信が持てなくなりませんか?
    (私はそうでした。)

    でも、一度幼虫、たとえば蚕の幼虫がプヨプヨした柔らかな姿に見切りをつけて、少しずつ口から糸吐いて行って、しまいには上から下まですっぽり自分をくるむ、というプロセスに取り掛かったら、もう戻るわけにはいかないと思うんですよ。
    たとえ、一部から煙たがられても、「えー、私、そんなの知らないんですぅ〜(チャハ!)」と、もう自分にウソついてごまかすわけにはいかない。
    糸を吐いて、吐いて、そして自分だけのきれいな繭玉を作り上げるところまでいかないと。
    さもないと、幼虫の段階で上から突然ムクドリか何かに襲われて、今夜のおかずにされてしまうかもしれない...。


    相変わらず、変なたとえですが(笑)。
    こないだも記事で取り上げたキャロライン(キャロリン)・メイスっていうアメリカ人のおばさまは、さかんに


    「もし、あなたが本当に自分の作りたいもの・成し遂げたいことを形にしようと思ったら、
    (=第二チャクラの課題)

    もし、あなたが本当の自尊心を築き上げようと思ったら
    (=第三チャクラの課題)、

    自分が生まれ育った『部族』の物の見方からは
    離れていかなければならない。
    (=第一チャクラの課題)」



    と、さかんに言っているんですね。
    もちろん、その後も第四、第五、第六、第七...と、一人孤独に歩む道は果てしなく続いていくわけで、第三の課題をクリアするというのは序の口に過ぎないんですけど。
    T.I.さんの今の状況に当てはまるかどうかはわからないのですが、でも、道徳的にきわめてまっとうな暮らしを送っていらっしゃるはず(←100%確信!)のT.I.さんが

    【周りから煙たがられる】
    = 【その人たちが勝手に心ざわつかせてしまったに過ぎないのに、
    『T.I.さんがきっかけなんだ』と、外に原因を求めている。】

    ってことなんだ、と、思います。
    メイスさんは、そのことを聖書を引用しながら「だから預言者は故郷にいられない、『部族』と仲良く共存していくのは難しい、って昔から言うんですよ」と、何度も強調していました。
    きわめてまっとうな事を一人が言っても、後の人が勝手に心ざわつかせては、その人が居づらい環境を作り出してしまう...のだそうです。


    だから、昔からとことん真実/真理を追求したい人は、世を捨てて神や仏だけを友として隠遁生活するようになったんでしょうねぇ...。


    でも!

    現代に生きる我々はそうするわけにはいかないですし、
    自分がこれ!と惚れた【大いなる存在(サムシング・グレート)】と親しみつつ、世に出て行かなきゃいけないですよね。
    世に出て、いろんな人と交わって、俗世の垢をたっぷり浴びていかなきゃいけないからこそ、「道連れ」となる書物や、存在は賢く選ばないといけないなぁ〜、と、つくづく思いました。
    (続きます。)

    返信削除
  3. >『いま、ここで』

    私が大っキライな言葉です。笑
    言われたら、
    今か今ではないかは自分が決めるんですけど?と思うのですが
    そのように思わないひとは、洗脳されやすいな気がします。



    あはは!お嫌いでしたか!!!
    いや、おっしゃる通りだと思います。「そんなの自分で決めるんだよ(ムカッ)(-"-)」って、確かに言いたくなる(笑)。

    私の場合、「いまここ」教の信者、つまり「いま・ここ」と唱えるのが「ちょっと、スピ的にイケてるじゃん、自分〜!?」って優越感に結びつくってタイプの人が苦手、かなぁ。
    ま、要するにハヤリコトバ、に堕しちゃったんですよ、これも...。
    もはや「ダメよ〜ダメダメ」と同レベル。

    で、そうした流行語を使いたがる、っていうのは、まさに洗脳に嬉々として引っ掛かる、ということですね。
    うん。確かに。
    自分自身に喝を入れるために「イマココ!」と唱えるのはいいですが、他人様のことは放っておいてあげるのが一番の親切。それぞれ、どんな裏事情を抱えているかなんて、本人にしかわかりませんからね...。

    流行語でもなんでも、ペラペラ乱発するっていうのはやはりちょっと危険なのかもしれません。
    例えば、本当に危機的な状況にある人、例えば大災害や戦禍で家族全員や、健康を失った人に対しては、ただ沈黙して、寄り添うしかありませんよね?
    「いまここ」なんて、もはや半額処分で安売りされているような言葉、ヘタに口にしようものなら「あんたに何がわかる!!!」って、怒りの反応しか返ってこないと思いますよ。


    「どうしてこんな悲惨なことが」という問いへの答えを持たない教え/宗教。
    所詮、今夜の寝床も明日の食事も確保された恵まれた人が楽しむ、優雅な知的遊戯に過ぎないのです。
    楽しむのは勝手だけど、あまり深入りするな。ゲーセンのUFOキャッチャーとでも思えばいい。
    でないと、本当に知りたい質問への答えを何も持ち合わせていないことが後からバレて、がっかりさせられるだけだ。
    今回、つくづくそのことを痛感しました。

    でも、自分自身で間違いながらも
    正しいと思う選択をしていけば
    依存しない思考(これも抽象的かと)が身に付き、
    洗脳されないような性格になるのではないかと、思うのです。



    あぁ、まさにその「間違いながら」のところなんですよね!
    しかも、「自分自身で」。
    もし、誰かエラい先生だとか、名の通った学者サンだとかが「それはやめといた方が身のためだよ〜」って、仮に警告してくれたとしても、それを鵜呑みにして「あ、さいですか。じゃ、やめときます。」と、スルーしたら、何一つ自分自身の学びにはならないですもんね。


    自分で手探りで進んでいって、「よし、このルートでどうやら良さそうだ...」と、暗い迷路を歩いて行ったところ、足元の小さな段差につまづいて転び、「イテテテ...。足元にもちゃんと注意しないとダメだったんだ...。」と、反省。
    実際につまづいてみてわかるのが、「賢い迷路の歩き方」。
    人に言われたからわかる、っていうもんじゃないです。
    手は壁面を探りつつ、そろーり、そろーり、と摺り足しながらゆっくり歩くというコツを、試行錯誤の末に自力でマスターした人が、出口まで無傷でたどり着くことができるのでしょう。


    人生もそれと同じなんだ、って思います。
    「こうするといいよ」というアドバイスは受け入れる。でも、最終的にどうやって自分の歩き方にそうしたノウハウを組み入れていくか、を決めるのは、自分しかないんですもんね。


    どうせ転ぶのならお尻から上手に転べ!...という、スキー初心者のためのアドバイスを思い出しました。
    何にも間違わずに、ただただ安全な道ばかり行く、高級パッケージツアーみたいな生き方もつまんないですし。また、豪快に転んで、そして起き上がるついでに何か儲けてやりましょう(笑)。


    すみません、すっかり長ったらしいひとりごとになってしまいました...。
    でも、コメントいただいたおかげで、私もかなりスッキリ・爽やかに次のステップが見えてきたような気がします。本当にありがとうございました!


    うちの子供は残念ながら(笑)サンエックス派なのですが、このサンリオのキャラクターは珍しく気に入った!と申しております。その名も「ぐでたま」。(あぁ、ゆるいキャラクター化の波が、ここにも...。)

    http://www.sanrio.co.jp/character/gudetama/


    今週もお元気でお過ごしくださいね!

    返信削除
  4. ルミナリア2015/05/11 22:38:00

    はじめまして。通りすがりに恐縮ですが、コメントさせていただきます。
    ETさん、どうもお顔(表情・かもし出す雰囲気)が好きになれないと思っていたのですが
    やっぱりそういう方だったのですね。穏やかを装った詐欺師のお顔。

    最近の日本の一部のなんちゃって悟り系ブログでは、非二元、「私はいない」が流行語になってて
    呼応するコメントも「いませんでしたー」「いませんでしたー」
    ……イエモンかっ。と、苦々しく思ってました。
    (あ、嘘入りました。本当は「私はいないってこういうことなんですね!!」とか「私はいなかった!!本当でした!!」とかです(笑 )
    思考力を奪う、まさに洗脳に近いことだなと、なんとなく考えていたのですが
    まさにそのままズバリなご指摘をここで拝見できて、とても勉強になりました。
    この世界も足を掬う罠でいっぱいですね。
    おっしゃるように、ガッツリ過去の良書に学ぶのが一番安全なのでしょうが、
    いかんせんお手軽成功哲学にも手が伸びてしまう…エゴを拭いきれない己の弱さですね。
    他にも参考になる記事がたくさんありそうなので、ゆっくり読ませていただこうと思います。
    ありがとうございました。

    返信削除
    返信
    1. ルミナリアさん、はじめまして。コメントありがとうございます。

      >最近の日本の一部のなんちゃって悟り系ブログでは、非二元、「私はいない」が流行語になってて呼応するコメントも「いませんでしたー」「いませんでしたー」
      ……イエモンかっ。と、苦々しく思ってました。


      ”JAM”という曲ですね!知らなかったです~。
      歌詞、なかなか考えさせられますね。「いませんでしたー」の部分。


      最近はそういう、「コール&レスポンス」的世界なんですか!
      何だか、ファンクラブっぽいですね。異議なんて唱えたら袋叩きに遭いそうです。
      十代の子が大半を占めるロックバンドのファン同士なら、笑い話で
      済みますが、それ以降のオトナとなると、ねぇ...。


      私もあまり日本の人達の動向には詳しくないんですけど、そういう「悟り系」の人々って
      中身空っぽ状態 と、雑念が一掃されてクリアーになった状態とをゴタ混ぜにしている。
      そういう印象があります。
      本当に優れた聖者や宗教家(道元など)の辿りついた、あるいは目指していた境地は、
      そんな甘ちょろいもんじゃないだろー、って、つい、イヂワルな目で見てしまいますね。

      ブログ本文には書かなかったのですが...。
      ET氏の目指すものが、それほど崇高な世界ではないだろーな、とはっきりわかったのは、
      以前、彼のHPに掲載されていた(現在は削除)という、「ETの教え・勉強会を開くにあたっての、お勧めフォーマット」を読んで、でした。

      掲示板の投稿によりますと、内容はこんな感じだったはずです。

      1.集合。私語は慎み、静寂のうちに瞑想。
      2.全員でET氏のDVDや、講演動画を視聴。
      3.内容については一切ディスカッションなどしないで、そのまま無言で解散。


      ...どう見ても、気持ち悪いカルト宗教の集まりにしか思えませんでしょ...。
      このHPの記述は複数の人が「見た!」「確かにそう書いてあった!」と掲示板で証言していましたので、嘘ではないはずです。


      私はこれでETから足、洗いました(笑)。身の毛がよだっちゃいましたよ...。

      あと、洗脳については、私の稚拙な読書感想文(?)よりも、こちらの水井伸輔さんの記事が参考になるのでは、と思います。
      水井さんは数年間にわたって、苫米地博士の内弟子を勤められていた方です。

      http://blog.mizui15.jp/entry/2015/05/09/114544


      ほんと、巷に誘惑は多いですが(キャッチーな文句で釣りに来る本が多い、ってことですよ☆)、
      こちらが賢くなって、欲深さを克服して、易々と釣られないよう、精進しなくっちゃ、ですよね。
      こちらこそ、ありがとうございました!

      削除
    2. ルミナリア2015/05/12 18:06:00

      ご返信をありがとうございます。
      古い歌を持ち出して失礼致しました(汗

      ET氏の勉強会はディスカッションなしで無言で解散がお勧め形式なのですか…。
      それは一気に冷めますね。
      前述したなんちゃって悟り系ブログもそうですが、自分で考える習慣のない人や、唯々諾々と何か(親でも周囲の人でも)に従う経験しかしてこなかった人にとっては、中身空っぽ状態でも違和感がないのかもしれませんが、本当にそれでいいのかな?と他人事ながら心配になってしまいます。
      鬱屈していた自分の本当の思いに気付くことが出来ればいいですが、そこからどうするか?だと思うのです。
      それを、行為者はいない、全ては神の戯れなのだから、何もする必要はない…などと安易に書くのはいかがなものかと思っていたところ、黒犬べーやんさんの『「依存心」。許さないのが、ほんものの師。 』の記事で、私の中でもやもやしていた思いを明らかにして下さって、とても納得致しました。
      (なんちゃってブログの方は瞑想伝授や悟りの講演会等をしてらっしゃる方なのです)
      …とはいえ、人のことはわかりませんけどね(^^; 読者の中には、あっさりと気付いてあっさりと何の滞りもない善人になる方もいらっしゃるのかもしれませんし。(あー…自分にはムリだから気になるのか…)

      水井さんの記事もご紹介下さりありがとうございます!
      やはり人間は目に見えない物に確実に影響を受けているのですね。
      何となく感じていたけれど、見ないことにしていた部分に、そろそろちゃんと目を向けなさいと言われているような気がしています。
      水井さんの他の記事もとても興味深いので、ゆっくりと読ませていただきますね。
      お言葉を交わせて嬉しかったです! ありがとうございました!

      削除
    3. ルミナリアさん、
      (素敵なお名前ですね)

      自分で考える習慣のない人や、唯々諾々と何か(親でも周囲の人でも)に従う経験しかしてこなかった人にとっては、中身空っぽ状態でも違和感がないのかもしれませんが、本当にそれでいいのかな?と他人事ながら心配になってしまいます。

      おっしゃる通りだと思います。
      この「自分で考える習慣のない人」の増加、社会全体、国全体にとって、ひとつも良いことは無い!と、思います。
      大体、そんなだるくて生ぬるい土壌に、「おっ!これは面白い!!!」なんてもの、生まれませんでしょ(笑)生まれたとしても、その価値を見抜いて、拍手喝采する人がいなければ、それ以上広がって行きませんものね...。


      先日も、ラジオ番組のポッドキャストでジャーナリストの青木理さんが嘆いていました。
      「チューハイが値上げとか、目先のことにばかり反応する人が多いのは仕方が無い。でも、大局的な問題に関心が持てないという風潮は、非常に問題だ」

      楽な方ばかりに流れるという、人間の心理。
      これをまんまと利用して、大儲けする人達もいるんですよね、きっと。


      唯々諾々と何か(親でも周囲の人でも)に従う経験しかしてこなかった人

      日本における【大衆】って、まさにそういうものですよね。
      言うこと聞かない奴、口答えする奴は要らない、出てけ、と...。

      行為者はいない、全ては神の戯れなのだから、何もする必要はない…などと安易に書くのはいかがなものか

      何もする必要はない、なんて勘違いした人達は、伝統工芸の職人さんとか、一流のスポーツ選手(羽生君とかイチローとか)とか、そういう陰で血のにじむような努力をしているプロ中のプロについてはどう考えているんでしょうか。
      現役のお坊さん達が出演している「ぶっちゃけ寺」でも、聞くも辛いハードな修行の話がよく紹介されていますし。
      (苦行=人格が高まる、とは限りませんが、全く意味が無いのであればもう何百年も前に廃止されているはずです。続けているからには、きっと何らかのメリットがあるのですよね。)


      あ、そうそう。
      そのブログの方、大体、どの方か見当が付きました。
      売れているから、アクセス数が多いから、といって、自分に必要なものとは限らない...ですよね。

      ・・・過去、こうしたスピリチュアル商売人のマーケティング戦略に
      見事、引っ掛かり、何度もすっ転んでしまった【カモ体質】な私

      が言うのですから、多少のほろ苦発言、お許しください。
      (合言葉は、Never again!)


      スーパーの店頭に売っているもの全てが、自分の身体にとって100%プラスとなるものばかりとは限らない。たとえば、カロリーゼロを謳っている人口甘味料みたいに。(←これ、アリ退治に使えるらしいですよ。白い粉粉を持ち帰ったアリって、巣まるごと全滅するんですって。)

      スピリチュアルな学びも、それと同じですよね...。

      過去記事や、水井さん(ここ4,5年愛読させていただいてます。)の記事も読んでくださったのですね。押し付けるつもりは無かったのですが、ルミナリアさんにとってピン!と来る話題があれば嬉しいです。


      いろいろな人が書いて、記事にし、本を出す。
      金儲けやおのれの功名心を満たしたくて、いろんな人が参入してくる、とんでもなくやくざな業界(怪しげなダイエット食品や美容法の類と変わらんですよね~)だからこそ、やっぱり最後は

      「ニセモノには近寄らない」

      という事に行き着くんですよね...。


      すみません、また長々と...。
      私こそ、このような重~い、周囲の知り合いとは決してできないような話をやり取りできて嬉しかったです。

      ありがとうございました。今日も素敵な一日を!

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    4. 「人口甘味料」--->「人工甘味料」です。失礼しました...。

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  5. ちなみに、このET氏の「サイレント勉強会」についての掲示板投稿で、
    何人もの人がおちょくっていた事なのですが、

    かつてはET氏の


    美麗カラー・大判ブロマイド


    (wwwwwww ...ぜひとも勉強会の仲間に加えてあげてねっ♪)

    が、HP上の通販コーナーで売られていたそうです。(現在は取り扱いナシ。)


    一体、誰が買うかそんなも(以下自粛)

    あなおそろしやMcSpirituality、ですね。
    買う人が一人でもいれば、何でも売ろうとするんだ...(呆れ顔。)

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