2016/10/05

「私だけの音楽」がもたらす、幸せ効果~映画「パーソナル・ソング」


今朝、Facebook上で流れてきた、とある記事にふと、目が留まった。



認知症の患者さんに音楽療法を施したその結果...といった感じの、なかなかそそられる見出しだったからだ。
子供の頃から今に至るまで、音の無い生活なんて考えられないほどの音楽好き。
しかも、身内にも数人認知症を患い、介護施設で暮らす高齢者がいる。
そんな筆者としては、この記事、どうしても見逃すわけにはいかなかった。



紹介されていたのは、2014年のアメリカ映画・"Alive Inside"(邦題「パーソナル・ソング」)制作へとつながっていった、とある認知症の男性を取り上げた動画だった。
日本語版が存在することを知らなかったので、まずは英語版の動画を見てみる。6分半ほどの短い動画だ。
2011年にアップロードされて以来、地味な話題であるにもかかわらず、5年間で200万超え、という再生回数を記録していることからも、反響の大きさがうかがえる。





今すぐ動画を見られない人のために、内容を簡単にまとめてみると...


認知症を患い、10年間介護施設で暮らしているヘンリーさん。

施設の人によると、普段は「Yes」「No」の一語文以外、言葉を発することはほとんどない、という。他人との交流にも無関心なようだ。


だが、娘さんによると、ヘンリーさん、若い時は大の音楽好きであった。
いつも家族の前で歌ったり踊ったりしていた、陽気なお父さんだったそうだ。街角を歩きながら名画「雨に歌えば」の一場面を真似してみる、なんてこともあったらしい。




そこで、音楽療法を研究する団体・Music&Memoryは、施設職員と家族からの協力を得て、ヘンリーさんが好きそうなジャンルの音楽をiPodにたくさん詰め込み、しばらくの間ヘッドフォンで聴いてもらうという実験を行った。



結果は誰もが驚くものとなった。 


常にうつむきがちで、他人が話しかけてもつれない反応しか返してこなかったヘンリーさんだったが、若い頃好きだった音楽がヘッドフォンから流れてくるにつれて、たちまち顔に生気が戻ってきた。

気持ち良さそうな鼻歌を交えながら、上半身を揺らして踊り始めるヘンリーさん。
最初は戸惑い気味で、うまく会話に乗れないかのように見えたが、質問者がYes-Noで答えられる簡単な文で話しかけるようにしてからは、彼の口から次々に言葉が飛び出してきた。

ビッグ・バンド・ジャズ時代のスターであったキャブ・キャロウェイ という歌手の歌が特に好きだったことも思い出し、お気に入りの歌のフレーズまで口ずさみ始めた。(なかなかお上手!)



「愛する気持ちが...ロマンチックな気分がわいてきた。
みんな、音楽を聴いて、歌を歌わなくっちゃいけないな。
だって、世界にはこんなに美しい、すてきな音楽があるんだから。
愛が...夢が...いやぁ、押し寄せて来るねぇ。感じるねぇ...。」



10年間、他人に心を閉ざし、娘の名前も思い出せなくなってしまった人の言葉とは思えないほど、前向きな言葉ではないか。

「人を瞬時にして純粋に幸せな気持ちで満たすことができる。」

これが、音楽という芸術の持つ、偉大な力。

高齢化社会が進む今こそ、われわれは音楽の力を見直す必要がある。人が幸せな老後を送り、そして幸せにあの世へと旅立つための一助として、音楽を大いに利用すべきである。

日本では2014年、全国のミニシアター系劇場にて上映されたそうだ。



(昨年夏、この世を去った神経学者・オリバー・サックスの在りし日の姿...。)



熱心な映画マニアでもない大部分の人にとっては、「知らないうちにひっそりと始まって、知らないうちにひっそりと終わっていた」類の作品、じゃないだろうか。
なんたって、横浜の小さな映画館・シネマ ジャック&ベティで上映されていた、ぐらいだもの。
(ここはいつも面白そうな作品をずらりと揃えているミニシアターなんですよ。里帰りの時に一回ぐらいは行きたいな~、って、毎年思うんだけど、なかなか、ね...。)


【参考記事:「はまれぽ.com」より
「横浜で、都心の『シネマテイク』や『シネマスクエア』並みの興味ある映画をやっている映画館はありませんか?」】



でも、見逃した人でも大丈夫。ちゃんとDVD化されていました!
品切れ・入手困難になる前に私も買おうっと。


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詳しい情報は、配給会社の公式HPをどうぞ。
http://personal-song.com/


医療情報が満載の「Health Press(ヘルプレ)」に掲載された記事は、こちら


こちらの「安心介護」というサイトの記事では、映画の内容紹介とともにTwitterから拾った観客の声も含まれていて、とても参考になった。


特に、こちらのTweetには、首ブンブン振って同意!同意!と叫びたくなったほど。


すばらしい。
ネオRICHくまこさん(おぉ、レオナルド博士...!)、これ、至言です。
人が「音楽で癒される」ために、周囲の人がやるべきことは、まず、認知症患者さんお一人お一人の異なる嗜好にこちらから寄り添い、何が欲しいのかを汲み取ってあげること。
つまり、その人にとっての「パーソナル・ソング=私だけの音楽」を見つけ出し、そうした音楽と再会する機会を作ってあげること。
究極的には、音楽という芸術の力を借りて、個人的な体験を呼び起こしてあげること...。
まったく、その通りだと思う。



「療法」「セラピー」を自称するからには、ひと時の慰安体験以上の何か、つまり、一人ひとりの心がぐらぐらっと揺さぶられるような体験が欲しいところだ。
十把ひとからげの、「さぁ、みなさんご一緒に!」ではない、一人ひとりへのきめ細やかな働きかけがあってはじめて、個々人の魂の奥底に眠っていた生命力も目を覚ますのではなかろうか。


だって、一人ひとりの人生ドラマも、感動体験も、指紋のようにみんなそれぞれ違っているのだから。
「みなさんご一緒に!」と、効率第一で「まとめてしまう」というやり方は一番そぐわない領域なのだ。本来は。
(まぁ、実際、介護や医療の現場にいる方々に言わせれば、「だってそんな手間も暇も無いのだから、仕方ないじゃないか!」となるのでしょうが。...もちろん、それは理解できます。
理想は理想、現実は現実。厳しいですよね...。)



となると、後はいかにしてその人材・戦力を確保するか...という問題が生じてくる。
これは、上にもリンクを貼っておいた音楽療法ボランティア養成・ならびに派遣団体であるMusic & MemoryのHPを後からじっくりと読んでみることにしよう。
日本でも似たような活動がどんどん広まるといいなぁ。
音楽が大好きで、時間と熱意のある一般市民が少しでもそうした取り組みに興味を持ち、地域の小さな灯火(ともしび)となって、思い出を失いつつある人たち一人ひとりの心をあたためていけるようになればいいな、と思う。



原題は"Alive Inside"(内面は生きている)というこの映画。


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邦題に「パーソナル・ソング」(一人ひとりの歌/曲)という表現が選ばれたのは一体なぜなのか、と少し考えてみればいい。
音楽療法に何が必要なのか、どんなアプローチが望ましいのか、映画制作者側がたどり着いた結論はおのずから明らかになるのではなかろうか。



内側から、心揺さぶられるような、「私だけの音楽(パーソナル・ソング)」との再会。
それがあって、はじめて、眠っていた思い出や、自分らしさや、言いたくても言えなかった言葉が意識の表面に浮かび上がってくるのだ...



制作陣が訴えたかったのって、多分こういうことじゃないかな。
他にもメッセージはいろいろ詰まっていると思う。家族みんなで楽しめるように、まずは日本語版DVDを注文し、見てみなくっちゃ。



とりあえず、公式HPの映画紹介文を締めくくる質問を、自分に、身内に、友人に投げかけてみよう。


「自分にとってのパーソナル・ソングは何だろう?」


その答をきっかけに、相手の意外な一面がポロリと見えてくるかもしれないし、ひょっとしたら「あの時、思い切って聞き出しておいて良かった!」とありがたく思える日がいつか来る...かもしれない。



で、私自身の「パーソナル・ソング」は何か、と問われれば...


今日のところは、これ。
1980年代、北イングランドのヨークシャー地方出身の叙情派バンド、プリファブ・スプラウト(Prefab Sprout)の、"A Life of Surprises"を選んどきます。
心のツボ(時に、涙腺も)を刺激してくれるような歌詞やメロディを生み出すことにかけては、ほんと、天才ですよ。ヴォーカルのパディ・マクアルーン(Paddy McAloon)って人は。私の中では、ダントツのナンバーワンです。






歌詞全体は


(...) 
Never let your conscience be harmful to your health
Let no neurotic impulse turn inward on itself
Just say that you were happy, as happy would allow
And tell yourself that that will have to do for now


Darling it's a life of surprises
It's no help growing older or wiser
You don't have to pretend you're not crying
When it's even in the way that you're walking
Baby talking


Never say you're bitter Jack
Bitter makes the worst things come back


(前略) 
身体が壊れてしまうまで 「いい子」をやってはいけないよ
神経症的な衝動を 自分の中へと向けてはダメだ
ひたすら言うんだ 「幸せだった、最高に幸せだった」って
そして自分に言い聞かせるのさ ここらでひとまず幕引きだ、って

ねぇ君 人生なんて所詮サプライズの連続さ
年を取っても 賢くなっても どうにかできるってものじゃない
泣いてなんかいない そんな振りなどしなくていいよ
たとえ歩くときに 涙が邪魔になるとしてもね
子供扱いするような物言いになるけど


辛いなんて弱音は吐くなよ ジャック
弱音ばかりじゃ 最悪の状況がまたぶり返すから

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パディ・マクアルーン、網膜剥離のために視力を失ったばかりか、メニエール病から来る耳鳴り悪化のために、聴力まで損なわれつつある、という。何という悲劇だろう。
どうか、何があってもパディには強く生き抜いてもらいたい。家族に囲まれて幸せに過ごして欲しい。
あなたの歌に支えられて辛い時期を乗り切った私たち世界中のファンが、今度はあなたのことを応援する番です。



あなたの毎日が平和なものであり続けますように。
私たちは祈り続けます。


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