2016/10/20

そそりの大家・吉田健一。ヨシケン、ふたたび。

某ブログでその存在を知った、文体診断ロゴーン(http://logoon.org/)という、謎のHP。
64人の作家・有名人の文章サンプルから、10項目の要素を抽出・解析し、得点化。
そのデータをあなたが入力した文章から得られたデータと照らし合わせ、誰の文章に最も近いかを診断してくれるというのである。



早速やってみた。
前回投稿した記事・「続・人は変わるの~キャロライン・メイスが読み解く『がん』~」から一部を切り取って、ロゴーン先生に解析していただく。



結果は、これ。





読んだことあるのは、太宰治だけ。
それも、あまりどよぉ~~~~んと暗くならない、「女生徒」のようなライトタッチな太宰作品のみ。(翻訳:「ほんのわずかしか読んでいない」)


女生徒
女生徒
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(2012-09-27)


青空文庫さんの「女生徒」は、こちらからどうぞ。
http://www.aozora.gr.jp/cards/000035/card275.html


吉川英治も、中島敦も、正直言って、よくわからないや。読んだこと無いので。
何せ、物心ついた頃からのバタ臭い西欧モノ好き(これは明らかに「ベルサイユのばら」の影響が大)な私。
人名が漢字だらけで、ドレスも宮殿も舞踏会も、ついでに王子タイプの洋風イケメンも全く登場しないような、男臭い東アジアの歴史物や戦記物には食指が動かないものでねぇ...。剣豪とか武将には興味無いんですよ。「戦い」に関心が無いの。
(中国史・アジア史、本当に苦手だった。殷周秦漢...あぁ、もうだめだ。何でこんな細かいことまで暗記しなきゃいけないんだろう。日本の受験生、かわいそ過ぎるよ。若くて鮮度の良い頭脳はもっと有効に使うべきだと思う。)



面白いので、ブログやGoogle+に投稿した過去記事もいくつか切り取って、診断してもらった。

おおむね、

小林多喜二(「蟹工船」)
浅田次郎(「鉄道員(ぽっぽや)」)


といった作家さんたちが一致指数の上位に来ることが多いみたい。こちらのグラフだと、右下方面に固まっているという感じかな。

http://logoon.org/about/sanpuzu.png


一度だけ、一致度ベスト3に松たか子、という名前が入った。
「な、なぜ、芸能人エッセイストの中で、わざわざこの人がサンプルに選ばれたのだろう? (阿川サワコさんとか、沢村サダコさんとかでなく…… ←古い?)」
ロゴーンの開発者さんがたまたま彼女のファンで、手元に彼女のエッセイ集があったから、なのか?


ただ、下のNaverまとめを見ると、この「松たか子現象」、決して珍しいものではないようだ。
「イマドキのメディアでよく目にするような、イマドキの若い読者が最も読みやすいと感じる、いわば【時代の流れに合わせた、最大公約数的なライター文体】を♪ありの〜ままの〜姿で見せてくれる人」の代表格として彼女が選ばれただけのかもしれない。
(松たか子さんの本を読んだことが無いので、的外れなこと言ってたらゴメンなさい。)

「自分の文体ってどうなの?文体診断ロゴーンと小説解析素分析で診断!」
http://matome.naver.jp/odai/2140558198198854901


まぁね、好きな作家、好きな作品を書いた人と、自分の文体とが必ずしも一致するとは限らない。
この事実を再確認できたことが、文体診断から得られた最大の収穫かもしれない。
坂口安吾の「堕落論」「日本文化私観」といった快刀乱麻エッセイがどれほど好きだとしても、文章を書く上ではほとんど参考にしていなかった、ということになる。
文章というよりは、その背後にある威勢の良さ、正直さ、やぶれかぶれ具合...といった、【その人の魂の質】が好きだから、私は時々無性に坂口安吾を読みたくなるのだろう。



「じゃぁ、アンタは誰の文章・文体が一番好きなのか?」



そう聞かれて、思いつくのはこの人しかいない。


吉田健一


吉田健一 ---生誕100年 最後の文士 (KAWADE道の手帖)

河出書房新社
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1912年(明治45年)、吉田茂元首相の長男として誕生。


妹・和子は麻生太郎元首相の実母なので、健一と元首相はおじ・おいの関係となる。


外交官だった父の赴任先に帯同し、イギリス紳士としての教育を受けるという恵まれたスタートを切った彼。第二次世界大戦前夜の不穏な空気を察したのか、1931年、ケンブリッジ大学を中退し、日本に帰国。1931年といえば、アジア大陸の東端では満州事変が起こった年である。
以後は文学評論・文筆業に従事。文壇の名士たちとも交流を深める。一時期は中央大学などで教鞭も取った。
英・仏両言語に通じていたため、翻訳作品も多数残している。


ファニー・ヒル (河出文庫)
ジョン クレランド
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(よい子の皆さんは知らなくてもいい本です。
一応、初恋の人と最後に結ばれる純愛モノであることは確かなので、女性でも安心して読めます。
ただし、家族の目の届かぬ場所に保管した方がよろしいかな、と...。)


もちろん、「ファニー・ヒル」のように人前で書名を大声で言えないような本以外の英米文学作品も、吉田健一は数多く翻訳を残している。以下は、そのほんの一部に過ぎない。


ブライヅヘッドふたたび
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イーヴリン・ウォー
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海からの贈物 (新潮文庫)
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アン・モロウ・リンドバーグ
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【筆者注:アン・モロウ(モロー)・リンドバーグは、人類初の大西洋横断単独無着陸飛行(ニューヨーク~パリ間)に成功し、「翼よあれがパリの灯だ」との名台詞と共に記憶されている、チャールズ・リンドバーグの奥方である。】



ジェイン・エア (集英社文庫 フ 1-1)
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集英社
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書き手としては、相当アクの強い人ではないかと思う。
決して万人受けするタイプではない。
たとえば、彼、ヨーロッパという語をいつも「ヨォロッパ」と書く。英語だと「ユーロップ」に近いような気がするのだが。
トーストは、「トオスト」と書く。「トウスト」ではなく。
本場イギリス仕込みの英語使いであったにもかかわらず、なぜかこういうこだわりの片仮名表記をする人なのだ。


日本の食や酒といった話題も多数扱っている彼ではあるが、残念ながらその分野における吉田健一はほとんど知らない。
下戸である私は、この方に酒のうまさや素晴らしさをどれほど熱っぽく語られたとしても、「ふーん。そう。」と、冷ややかな反応しかできないからだ。わざわざ日本から取り寄せてまで読む気はしない。
ご遺族の希望なのか、はたまた出版社が勝算無しと踏んでいるからなのか、吉田健一の作品は一部の翻訳書を除き、電子書籍化も進んでいないらしいし...。
まぁ、焦る必要は無い。縁があったら、いずれ出会う機会もあるだろう。



英国に就て (ちくま学芸文庫)
吉田 健一
筑摩書房
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「吉田健一、いいじゃん!」と、私が最初に心打たれたのは、こちらのエッセイ集でイギリスのパンやトーストの話を読んだ時である。

「そのトオストなのだが、ただパンを薄く焼いただけなのではなくて、理論はそのとおりでもパンが柔いのとこりこりの丁度間ぐらいで、バタを付けるとじゅんと音を立てそうにして溶けるのは、これも何かやり方があるのだろうと思う。 
朝の食事の時ではなくて、午後のお茶の時間に、先にバタをつけて出すトオストはまったく素晴らしいとでも言う他ないもので、バタがどろどろして芳香を放ち、パンがこれに応じてパン粉の風味となって舌に媚び、アラビアの物語に出てくる回教徒の教主が舌鼓を打つ菓子もかくやと思わせるものがある。 
これに紅茶の味が加わってどんなことになるか、これは宝籤(くじ)でも当てて英国に行って験して見る他ない。」
(「英国に就て」所収、「食べものと飲みもの」、p. 245)

...バタがじゅんと音を立てそうにして溶ける。
吉田健一という人が、「人生、うまいものたらふく食ってナンボ」という思想にどれだけ(多分、頭のてっぺんがすっぽりと隠れるまで。)浸かっているかが、嫌というほど読者に伝わって来る、すごい一節である。
ひゃー、たまらん。



そうそう、紅茶の味!
確かに、紅茶だけはイギリス国内で味わうのが一番、って気がする。現地の水の味と一番相性がいいものが消費者に選ばれて、市場に残っているんだろうなあ。



さすがに水までイギリスから取り寄せるわけにはいかないが、うちはこの「どこにでもある、庶民値段のスーパーマーケット紅茶」としてはエース級のPG TipsをアメリカのAmazonでずっと買い続けてますよ。
だって、どんなブランド物紅茶よりも、缶に入ったご立派なギフトセットのよそ行き紅茶よりも、絶対こちらの方がおいしいんだもの。
ガツンと濃く出るから、これまた濃厚なイギリスの牛乳とは相性抜群なのだ。
間違っても、低脂肪とか脂肪分ゼロなんて薄い牛乳と合わせちゃいけない。胃が荒れること必至だから。





宝くじが当たらなくても、こうした「英国民の支持No.1」の紅茶を、自宅で手軽に楽しめるようになった今の日本人。幸せ者である。



そして、トーストに絶対欠かせないのが、上質の、うまいパン。

「英国のパンも麦の匂いがする。英国のトオストが旨いのは、パンを扱うのにトオストを作る以外に能がないからではなくて、パンも本当に旨ければ、これをただ焼いてバタをつけて食べるのが一番そのパンという材料に適した食べ方だからである。」 
(「英国に突て」所収、「英国人の食べもの」 p.256 )

読んだら絶対食べたくなるでしょ。
行きたくってたまらなくなるでしょ、イギリスに。
行ってみたところで、果たして吉田健一が味わったのと同じレベルの絶品パンが食べられる、なんて保証は無いのだけれどね。
だってこの方、パンクムーブメントに沸いた1970年代後半~80年代初頭の、怒れるイギリスを見ることなくしてお亡くなりになっているわけだし(1977年没)。
長引く不況、そして移民の大量流入といった流れを受けた現代のイギリスで、果たして旅行者が彼と同じようなパンを味わえるかどうか...。
私は少しだけ疑っている。



吉田健一が少年時代を過ごした古きよきイギリスは、ちょうどこの作品のシリーズ後半部分と重なっているはず。
現代のわれわれが見ているイギリスとは相当かけ離れたものであることは、読む方の側も覚悟して読まねばなるまい。


ダウントン・アビー [DVD]
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でも、2016年の今でも、ちょいと奮発して五つ星クラスの高級ホテルにでも泊まったら、ひょっとして吉田健一が語ったような絶品パン&絶品トースト&絶品紅茶の組み合わせが食べられるかも...。
その絶品パンに、これまた絶品のマーマレードを塗れば、バターとは違った別の幸せな味が楽しめるかも...。
夢で終わるかもしれないが、それでも、つい大きな夢を見てしまう。



「ホントはもっと言いたいことあるんだけどさ」
「こんなのとは比べ物にならないような、もっと旨いもの、知ってるんだけどさ」



と、出し惜しみするような、勿体ぶった書きぶりをすることで、読者の欲望を思いっきり煽り立てる...。
吉田健一の文章には不思議な魔力が込められている。
読みかけの本なんて放り投げて、うまいものを求めて街へ繰り出したくなるような、そんな気持ちにさせられる。
頭→心→からだ、の順番で、読み手の全身にじわじわ働きかけるような、そんな能力を持った稀有な書き手。
それが私にとっての吉田健一、通称ヨシケン先生...である。
たった今思いついた「そそりの大家」という称号を、謹んで進呈したい。



私の中では間違いなく「好きな文章家No.1」のヨシケン先生。
でも、ひとつだけ残念なことがある。


私が最も愛し、尊敬する18-19世紀の境目に生きた女性作家・ジェイン・オースティンの扱い方、だ。
彼女への評価が、どうも「生ぬるい」のである。
食べものや酒について滔々と語る時のあの饒舌な吉田節に比べると、実にありきたりな、はっきり言って「英文学史の教科書から拝借してきたような」、無難でつまらない説明でお茶を濁した感がある。
お好みに合わなかったか、それとも単に読む機会に恵まれなかったか。


英国の文学 (岩波文庫)
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「そこに事件らしい事件は何も起きないが、登場人物の日常の営みが話の筋になって(...中略...)
このように最小限度の材料を用いて小説の正攻法で、これほどに清新に人生を描く技術は世界の文学にその類例がない。リチャアドソンからオォステンに至るまでの間に、英国の小説の手法が実質的には完成した事情をそこに窺うことが出来るのである。」
(「英国の文学」、吉田健一、岩波文庫、1994、p.173 )

何だろう、ここから湧き上がってくる「ふん、どーでもいいよ」感。
ジェイン・オースティンなんて女子供用の作家には全然興味無いんだけど、とりあえず省くわけにいかないので、世間一般で言われているようなことだけさらっと書きました、って感じがアリアリ、である。


シャーロット・ブロンテの「ジェイン・エア」を翻訳していることから推測するに、先生、ブロンテ姉妹みたいに「燃え上がる情念の炎!!!」的な、実にわかりやすい形で女・オンナ・おんなっぽさを発散するような女性作家の方がお好みなんだろうか。
ジェイン・オースティンみたいに「頭の回転が抜群に速いけど、実はほんのりロマンチスト」な才女には、大してそそられなかったのだろうか。



もし、ヨシケン先生が本気スイッチON!にしてジェイン・オースティンの世界と取っ組み合いしてくれていたら。
そして、あの徹底したマニアックさでもって彼女の作品を料理してくれていたら。
どれだけ面白い文章が生み出されていたことだろう。
想像すればするほど、残念な気持ちになる。



ヨシケン先生の代わりに...な~んて、言うもおこがましいのだけど、次回のブログでは、ジェイン・オースティンの「エマ」を再び取り上げるとしよう。
「エマ」について書いた過去記事はこちら。

http://backtotheessencenow.blogspot.com/2016/06/blog-post.html#more
http://backtotheessencenow.blogspot.com/2016/06/blog-post_8.html

「エマ」を、面白い視点から読んでいる人の記事を見つけたので、(勝手に)翻訳させてもらうつもり。




*蛇足*
アマゾンのレビューで吉田健一のことを「よしけん」と略している人がいて、大笑いさせてもらった。
「失恋レストラン」の清水健太郎はシミケン。
サンバも踊る暴れん坊将軍の松平健はマツケン。
ドジャースの前田健太はマエケン。
私が高校で古文を教わったのは山口健一先生で、ヤマケン。
どうも、ファーストネームに「ケン」の音が入っている人って、○○ケンというあだ名がつき易いみたい。響きが心地よいからかな。
あっ、そういえばDANCE☆MANも歌ってたっけ。「♪名字と名前を略して呼ぶ... ヤマケン♪」って。)


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