2017/01/22

(5時間目の昼寝常習犯)師岡さんと、大人のための古文【再】入門 その弐

その壱 からの続き。)

午後の授業はお得意の野球談議から。
それが、国語科のY口先生のシグネチャースタイルだった。入学以来、3年間ずっとお世話になった。
(もっとも、話の9割は先生が熱烈に愛してやまない横浜大洋ホエールズで占められていた。前日の試合で繰り広げられた数々のドラマ、もしくは「次こそは期待できる」といった応援演説の類に終始。ホエールズ話の合間に、チョコチョコと巨人下げ~⤵の話が入り混じる...というフォーマットは、われわれが卒業するまでずっと変わらなかった。)


温厚なお顔の印象そのまんまのお人柄だったY口先生。
円やかで慈悲深く、生徒達からも大変慕われていた。
あいにく、肝心の授業内容の方はほとんど覚えていない。
文法のプリントをよくもらったような気はするのだが...記憶はそれだけ。


Y口先生、ホントにごめんなさい。
決して悪気があったわけじゃなかったんです。
劣等生は劣等生なりに、先生のことを心憎からず思っていたんですよ。
でなきゃ、30年経った今でも、野球なんて全く興味が無いこの私が、授業の「マクラ」であった大洋ホエールズにまつわるよもやま話なんか覚えていませんって。
先生が、同僚のN倉先生(現代文の先生!)と一緒にお書きになった問題集を、卒業後20年以上経ってからわざわざアメリカから取り寄せるなんて酔狂なこともしませんって。

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(絶版になってしまったようだけど、社会人の人でも脳トレ本・教養本として充分使えますよ。
もし手に入るのであれば、おススメ!)

...いつか学年全体の同窓会でお会いする機会があったらY口先生にはきちんと謝らなきゃな、って思う。
そして、30年後の今、はじめて古文の面白さに目覚めて頑張ってます、ってことだけは何としてもお伝えしなければ。
少しは罪滅ぼしができるかな。


それにしても、高校時代ずっと、居眠りにかまけて古文の授業の大半を聞き逃したツケ。
これは実にデカかった。
後からじわりじわりとボディーブローのように効いてきては、私を長年にわたって苦しめることとなる。
(←「ボディーブローのように」。これ、ボクサーでもない自分がよく言うわ、といった感じの陳腐な言い回しだよね。単なる受け売り表現ってことでひとつヨロシク。)


高校3年生の秋。
入試本番がもうすぐそこに迫っているというのに、古文の読解問題では依然としてろくに点が取れないという状態が続いていた。
人一倍鈍い私も、これにはさすがに焦り始めていた。
今思うに、全ての元凶は「頭に貯蔵されている知識の量が圧倒的に不足して、しかもその一つ一つが壊れている」こと。
これに尽きる。
だが、当時はそれが全く見えていなかったのだ。(トホホ...。)


どのようにして毎回テスト問題を解いていたのだろう。
改めて振り返ってみると、こんな感じになるだろうか。


まず、問題用紙が配られると、文章をざっと読む。
そして、比較的自信があった文学史問題だけを一番最初に片付ける。
それから何回か本文に目を走らせながら、何とな~く意味のわかる(と、錯覚していた)単語を拾い出し、文脈にうまく合うような意味(それが正しい訳語かどうかはきわめて怪しい)が浮かび上がって来たら、何とかそれらの訳語をつなぎつつ、文章全体の言わんとしていることを推理してみる。
で、自分なりにどうにかこうにか辻褄を合わせ、「いかにもこうなりそうな」流れを勝手に自分でこしらえ、それでもなおわからない場合は当てずっぽうでも仕方ない、と諦めてとにかく解答欄を埋めていく。


こりゃ、へっぽこ霊能者がやる、的中率の恐ろしく低い「サイキックリーディング」(コールドリーディング?)とどっこいどっこいだわ。
だから、読みが大きく外れ、意地悪だけどもデキる出題者が仕掛けた罠にまんまとはまった時などは、そりゃもう、悲惨。
目も当てられぬほどの結果となって返ってくる。(何度やったかわからない。)


さすがに古文読解問題には通用しないだろーよ、サイキック・マジックは。

そう。
私の場合、頭に入っていて、武器として使える古文知識の絶対量が、何と言っても少なすぎた。
当たり前だ。全然勉強していないんだから。
覚えようと、理解しようと、努力していないんだから。
もし、ごくわずかではあるが、頭に引っ掛かっている単語や文法事項があったとすれば、それは単なる













でしかない。



そうした「点」のような不完全な知識が、ポツン、ポツン...と離れ小島同士のようにただ海面上、つまり意識上に時々顔を出していただけ、だ。
離れ小島と小島をつなぐ「線」など、一切存在しない。
だから、その「線」がいくつもまとまって一つの大きな知識体系(この場合、古典文法)を作り上げ、頭の中にしっかりと根を下ろしてぐんぐん成長していく...
なんてことも100%起こらない。
当然だ。

http://travelingyourdream.com/?page_id=2976

ただテキトーに何の脈絡も無く、ポツンポツンと脳内に置かれているだけの、壊れかけてボロボロな知識の断片。
それを寄せ集めたところで、「使え」るわけがない。
海外旅行用に「一週間で覚える旅行会話・フレーズ」なんてタイトルの本を買って、国際線の飛行機の中で数時間ばかりゴニョゴニョ音読練習したところで、その言語の達人になれるわけがない。
古文読解だって、それと同じだ。



だから、試験にこういう文言が出てくると、当時の私は瞬時にしてフリーズし、頭の中が真っ白になっていたものだ。


...完了の助動詞「たり」の活用の型は、って? 
(ラ行変格活用=ラ変型、です)

...助動詞「べし」の異なる意味・用法って? 
(す・い・か・と・め・て=推量・意志・可能・当然・命令・適当)

...係助詞・副助詞の代表的な例を挙げよ?
(係助詞=は・も・ぞ・こそ・なむ・や・やは・か・かは/副助詞=すら・だに・さへ・し・しも・のみ・ばかり・まで・など)

...この歌で使われている縁語を抜き出せ、って? 
(解答例:「くむ(汲む)」と「石清水」の「清水(しみず)」が縁語関係にある。)



...知らないよっ、そんなの!!!  
ずっと寝てたから、覚えてないんだってば!!!


ごくごく例外的に、

「~ましかば まし」
(意味:もし~だったら、...だろうに。/英語の仮定法に相当する表現。)

なんて、響きの愉快なフレーズが断片的に頭の中に入って来たケースもあったことはあったが(CMの文句と同じで、そういうのだけは即、覚える)、所詮小ネタは小ネタ。得点源にはならない。


もし、タイムマシンがあって、今、高校生だった頃の自分に会えるのであれば、「おぅ、古文舐めんじゃねーよっ!いい加減に気合入れろよ、気合っ!!!」と、凄みをきかせてきつーく叱ってやりたい。
あの頃の自分がいかにたるんでいたかは、英語学習に話を置き換えてみればよくわかる。

【中学1年生程度の貧弱なボキャブラリーしか持たない子。 
 「今度ね、英検準1級受けるんだ。合格すればラッキー☆彡」などとふざけた事をほざいているが、何の準備もしようとしない。】

古文に関して言えば、当時の私はまさにその大胆過ぎて玉砕必至!の中1レベルでずっと足踏みしていた。
まぁ、その後、無事大学に滑り込むことができたのだから結果オーライ、ドンマイ!なんだけどさ...。
喉元過ギレバ熱サヲ忘レル。


あれからほぼ30年。
きみまろ節の「あれから40年。」調で感慨深げに読んでね。)


ある日のこと、こんな年(40代後半)になっても、いまだに
「古文だめなんです。」
「古文は苦手でずっと避けていまして...」
と、ぶざまな言い訳を連発しては、問題から逃げ続けている自分の後ろ向きな生き方に、ほとほと嫌気が差した。
このまま死ぬまで同じセリフを繰り返していくつもりなのか。
そんな自分を情けなく思わないのか。
しばらくの間、自問自答し続けた。


で、遂に決心する。


大人のための古文、【再入門しよう


って。


立ち上がるきっかけをくれたのは、この本だ。

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時は2014年の春。
エイブラハムとかいうイタコ霊言ショーが猛プッシュする『引き寄せの法則』にしても、E.T.に似てなくもないエックハルト・トールとかいうドイツ人が大手メディアと結託して世界的に広めようとしていた『悟り系いまここ』にしても、どいつもこいつも胡散くさい奴ばかり。
もう、現代モノなんて懲り懲りだ。自分の見る目の無さには、それ以上にうんざりだ。」
そんな暗~い、自己嫌悪全開気分の時に偶然出会ったのが、映画「禅 ZEN」だった。


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映画を通じて道元禅師さんという素晴らしい霊的指導者の存在を知った私は、もっともっと禅について知りたい、お釈迦様の教えについてもっともっと知りたい!との思いを強くしたのだった。
参考過去記事:画「禅 ZEN」:ただ坐る。ただ生き抜く。】

道元さんご本人の手による「正法眼蔵」の方は相当難解そうで歯が立ちそうにもない。
下の本は電子版で買ったけど、案の定「そのうちね...」のカテゴリへとすぐさま押しやられ、Kindle端末の中で1年以上ほこりをかぶっている。
古文ではなく、れっきとした現代語訳であるにもかかわらず...。

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昨年末に出たひろさちやさんによるこちらの「NHK・100分de名著」テキスト


道元『正法眼蔵』 2016年11月 (100分 de 名著)

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(親切で良い本だと思いますよ♪)
をざっと一読してみても、その印象は覆らなかった。
ひろさんが穏やかに、優しく嚙み砕いて解説してくれればくれるほど、「...いや、本物はこんなもんじゃないだろうよ。『正法眼蔵』の原文が富士山の頂上だとしたら、この本やテレビ番組で紹介されていることは車で楽々行ける、五合目辺りのパーキングエリアレベルなんじゃないか」と、ひねくれた感想ばかり抱いてしまう。
なので、今はとても「正法眼蔵」に手を出す気になれない。たとえ現代語訳であっても。
まだ機は熟していない、って気がしてならないのだ。



でも、弟子・懐奘(えじょう)の手による、「正法眼蔵随聞記」の方だったら?
師・道元の教えを聞き書きした本、という体裁を取っている。問答形式だ。
こちらなら、ちょっとだけ頑張ればどうにか手が届きそうだ。
この一冊だけはどうしても自力で、原文そのままで読んでみたい!と思ったのである。
鎌倉時代の文章だから、平安期、たとえば「源氏物語」などの文章よりはよっぽど読みやすいけど、それでも「点と点」のお粗末極まりない古典知識しか持ち合わせていない古文劣等生にとっては、かなりのチャレンジだ。


特に、高校生時代にしっかり理解していなかった助動詞「べし」。
この一言が文の中に出てくると、頭の中が途端に全てがフリーズし、思考停止状態になってしまう。
「べからざるなり」なんてつながりが出て来た日には、もう、絶対、ダメ。本を閉じて、逃げたくなってしまうほどだ。
(まぁ、古文だけでは太刀打ちできない部分も多いので、いずれ漢文もざっとおさらいすることになると思う。課題、なかなか減らないな~。)

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一生読み続けていきたい一冊。鎌田先生の謙虚で誠実なお人柄が行間から伝わってきます。



続きは「その参」で。

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