2016/12/13

まだまだ語り足りない、「シーモアさん」

日本では10月1日から公開されているので、既に見たよ!っていう人もかなりの数に上っているんじゃないかと思う。

「シーモアさんと、大人のための人生入門」(原題:Seymour: An Introduction)
http://www.uplink.co.jp/seymour/


地域によってはこれから上映されるところもあるので、シーモアさん未体験の人、ぜひ上のリンクを辿って公式HPでスケジュールをチェックしてみて欲しい。




映画を見ての感想めいたものは前回の記事でさんざん書いた。
http://backtotheessencenow.blogspot.com/2016/12/blog-post.html
なので、今回は前回のブログ記事に詰め切れなかった「こぼれ話」的な話題を、二つほど書き連ねてみたい。


去る11月24日のこと。
こちらではThanksgiving Day(感謝祭の休日)という、アメリカ人にとっては日本人の大晦日~元旦にあたるような、家族や親戚で集まってはターキー(七面鳥)を食べながらお祝いする、という祝日であった。
この日は、学校はもちろんのこと、客商売以外のたいていの企業も、そして夕方以降はスーパーやレストランといった、「一番しぶとく営業を続けている」とされるような業種ですら全部閉まってしまう。
24時間営業の店から灯りが消え、車の往来がガクッと減り、街はしばしの間しーんと静まり返ったようになる。
(もっとも、わずか数時間の後には、日本の福袋騒動なんて目じゃないほどのブラックフライデー狂騒曲が始まるわけだけど。毎年、怪我人や死人が出る。いつまで続けるのかなあ、こんなこと。)


そのサンクスギビング当日。
私のエニアグラムの師匠の一人・ラス・ハドソン先生から教え子・友人に向けてFacebookでこんなメッセージが届いた。




(投稿より一部抜粋、訳出)
「今朝、大切な友人のトニー・ズィート Tony Zitoがつい最近亡くなった、との一報が届いた。かなりの衝撃を受けている。
トニーは深い思考力を備えた賢い魂で、僕同様、音楽と芸術をとても愛していた。
 さまざまな分野に興味・関心を抱いていて、素晴らしい頭脳もさることながら、ピアノの腕前も玄人はだしだった。 
僕にとってトニーは真の友と呼べる人物だった。彼が大いに励ましてくれたからこそ、僕はエニアグラムと第四の道【*注1】の教えを更に深く掘り下げていくことができた。 
トニーの人となりを知りたければ、彼がプロデューサー【*注2】として関わった素晴らしい映画 Seymour: An Introduction (邦題「シーモアさんと、大人のための人生入門」)を見ればいいだろう。 
彼の師匠で、導師(メンター)である人物を取り上げた作品だ。あのRotten Tomatoesでなんと100%の好評価をマークした【*注3】ほどの作品だよ!
トニー、君が逝ってしまって寂しいよ。遺されたトニーのパートナーであり、探求の道の仲間でもあるダイアンDianeには心からの愛を贈りたい。近いうちに僕ら二人で再会する機会を持とう!」

【*注1】アルメニア出身のG.I.グルジェフを祖とし、弟子のウスペンスキーやその他の弟子たちを通じて西洋の知識人を中心に伝えられてきた、秘教的教えの伝統。性格タイプの学としてのエニアグラムも源流を遡るとここに行き着く。

【*注2】ラス先生はプロデューサー、と書いているが、実際の肩書は「エグゼクティブプロデューサー」、つまり製作総指揮。監督を補佐して全体のまとめ役に当たる人であった。

<<参考記事:Yahoo!知恵袋「監督と製作総指揮の違いはなにですか?」>>

【*注3】有名な映画批評情報サイト。点数が辛いことで知られる。

<<参考ページ:Wikipedia Rotten Tomatoesの項(日本語)>>

なんと。
ラス先生と、「シーモアさんと、大人のための人生入門」の製作総指揮を務めたトニー(アンソニー)・ズィート Tony(Anthony) Zito氏が、古くからのご友人だったとは...。
(なぜか日本の公式HPには片仮名によるクレジット表記が無いのですが、HPの一番下に行くとちゃんと英語で載ってました。executive producer anthony zitoって。)




自分にとって、人生観を変えてしまったと言ってよいほどの衝撃をもたらしてくれた、「シーモアさんと、大人のための人生入門」という一本のドキュメンタリー映画。
その映画の製作総指揮者を務めた方と、これまた自分の人生を大きく(良い方向へと)変えてくれた性格タイプの学・エニアグラムの師匠のおひとりであるラス・ハドソン先生がつながっていたなんて. . . 。


エニアグラム―あなたを知る9つのタイプ 基礎編 (海外シリーズ)
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残念ながら、現在簡単に入手できる邦訳本としては、これが唯一のもの。)

この事実だけでも充分びっくり!だった。
なのに、その後、DVDで映画を再度見直して、またまた仰天。
始まってすぐの場面で、イーサン・ホークがはっきりとこう口に出していたからだ。

「友人のトニー・ズィートが夕食に招いてくれて、そこで僕はシーモア・バーンスタインにはじめて出会った」

わーお。


つまり、
トニーさんと、奥様のダイアンさんのお二人がその夕食会を企画してくださって、シーモアさんとイーサン・ホークの二人を一緒に招いていなかったとしたら、この名作が誕生することもなかった、と...。
これに気付いた瞬間、身震いしてしまった。


偶然に偶然が重なって、素敵な人間と、また別の素敵な人間との間にご縁が生まれる。
そうしたご縁の積み重ねが、そこに集まった人々の間に不思議な力を発動させ、予想もしなかったほどの素晴らしい結末へと向けて全てが収斂(しゅうれん)していった。
これ以上のメンバーは望めない、っていう才能ある人々が見事に取り込まれ、数々の奇跡に助けられ、命が吹き込まれた作品。
それが、この「シーモアさんと~」という映画だったんだな。


亡くなられたトニー・ズィートさんには、どれほど感謝しても感謝し足りないほどだ。
ピアノの師匠であるシーモア先生よりも先にあの世へと旅立たれたのは、まことに残念至極としか言いようがない。
シーモア・バーンスタインという素晴らしい老ピアニストがこれまで歩んできた道のりとその音楽とをイーサン・ホーク監督やスタッフの皆さんと共に映画という形にまとめて、わたしたちの元へと届けてくださったトニーさん。
精一杯の感謝の気持ち、そして「今はゆっくりとお休みください。」との言葉をささげたいと思う。


(ラス先生同様、シーモアさんも長年の生徒/友人を失われてさぞや落胆されていることと思う。どうか周囲の人々が支えとなって、先生のお気持ちを慰めてくれますように。)


それから、もう一つ。


映画を見た方限定の話題になってしまうのだが...。


この方、覚えていらっしゃるだろうか。
シーモアさんとセントラルパークを見下ろす窓に近い席に座り、音楽談義をしていた、60代前半のイギリス英語を話す紳士、なのだが。

(DVD上映中の我が家のテレビを思わずパシャ!)

アンドリュー・ハーヴィー(Andrew Harvey)。


いや~、彼の登場には本当に驚かされた。
というのも、この人、私がさんざん記事で取り上げている「7つのチャクラ」

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「チャクラで生きる」

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などの代表作で知られるキャロライン・メイス(Caroline Myss)と大の仲良しなのだから!


何でも、今は二人ともシカゴの郊外、文豪ヘミングウェイの出生地としても知られるOak Parkという地域内の、5分と離れていないところに住むご近所さんとなり、ほぼ毎日のように行き来しているらしい。同い年(1952年生まれ)の二人、互いをsoul sister/brotherと呼び合う程の仲だそうだ。

(画像はhttp://www.greatmystery.org/nl/ei2011myss.htmlから拝借。)

これまでに、二人一緒にオーディオブックを2作作ってきた上、互いの本の解説や序文を書き合うなど、息はぴったりといった感じのキャロラインとアンドリューのペア。

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(これ、アンドリュー・ハーヴィーの語り方があまりにも熱すぎちゃって、車の中で聞くと笑えて笑えて...。浪漫主義者の松岡修三氏みたいな、熱がこもり過ぎなアチチチッ!!!な口調、って言えば雰囲気が伝わるかなあ? 
お二方、近々「シャドウ(影)ワーク」をテーマにした新作CD/オーディオブックを出すとのこと。録音は既に終了している模様。楽しみ!)

シーモアさんとアンドリュー・ハーヴィーの対談形式という、肩の凝らない読み物としても楽しめるこちらの本でも、キャロライン・メイスがアンドリューにとってかけがえのない友人の一人であることが述べられていた。

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Seymour Bernstein Andrew Harvey
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私はキャロライン・メイスという指導者を崇拝しているわけでもないし、「グル(導師)」扱いする気もさらさらない。
グルどころか、むしろ、破れどころ、ほつれどころ、ツッコミどころが満載!の、口の悪い愛すべきガラッパチおばちゃん、だと思っている。
だから、彼女の泊りがけ講座やセミナー(高いよ)に参加したいとも思わないし、彼女と直接話をしたいとすら思わない。
(下手なリップサービスとかできない、粗削り過ぎる人だからねぇ。うっかり疲れている時に話し掛けでもしたら、超そっけない対応とかされそうで怖いよ。)
ただ、遠巻きに見て、本やCDで話を聞くだけでいい。単なる一読者・一ファンのままでいい。
それ以上のことは何も期待しない、って感じ。


それでも、キャロライン・メイスから学んだことはたくさんあるし、彼女の気合注入でシャキッとさせられ、目を開かされたことは数えきれないほどあった。
彼女が伝えてくれている硬派(で、実は物凄く正統派のド根性系)なメッセージの中身が純粋に好きなのだ。
自分を甘やかす人が多いスピリチュアル系/ニューエイジ業界において、そのようなメッセージを嫌われようが、低評価をつけられようが、少しもブレることなく世に送り続けてくれている彼女の姿勢は尊敬している。大いに感謝している。
「近くに行く気はないけど、大切な師匠。」の一人。
キャロライン・メイスとは私にとってそういう位置付けの人だ。
ラス・ハドソンさんみたいに「もっとお話ししたい!」というタイプの親しみやすい師匠とタイプは全然違うけど、それでもやはり「師匠」は「師匠」だ。そう勝手に呼ばせてもらっている。


そんなキャロライン・メイスの大親友であり、仕事上のパートナーでもあるアンドリュー・ハーヴィーが、シーモアさんと長年の友人関係にあって、
しかも例のトニー・ズィートさんの夕食会に招かれ、その晩初めてシーモアさん同様、イーサン・ホークに出会った。
で、あの映画が生まれた。
驚いたことに、トニー・ズィートさんと奥様のダイアンさんは、ラス・ハドソン先生にとっての大切な恩人的存在でもあった、と...。


いやぁ。
人と人とが織りなす縁って、面白いなあ。


自分にとっての尊敬する人々、大好きな人々が、自分の知らないところで縁を結び、親しくなり、一緒に力を合わせて美しい仕事を完成させ、人類の歴史の中にまた一つ宝物を残していった。
その様子をこうして目の当たりにすると、まだまだこの世界は捨てたもんじゃないぞ、魔法って本当にあるんだぞ、「つまらない」なんて簡単に言っちゃいけないぞ、と思える。
明るく、希望に満ちた気持ちにさせられる。
励まされる。


きっと、神様(か、私たちには見えない、何らかの偉大なる力。)は、われわれ人間には見えないところで、今、この瞬間にも無数の壮大なプロジェクトを同時進行で進められ、着々と実行へと移していらっしゃる最中なのかもしれないなあ。
そう思わざるを得なくなってきた。


必死に悩み、もがき苦しみ、右往左往するわれわれ人間どもの動き方の癖や長所・短所もひっくるめた何もかもを把握された上で、神様はわれわれひとりひとりにふさわしい役を割り振ってくださっている。
映画やお芝居と違い、文字にされた脚本が事前に与えられることは一切無い。それだけに、先の展開が見えず、演じるわれわれが不安になることも多い。
多い、どころか、実際は「どうしたらいい?」「次は一体どうなる?」ってオロオロすることばかりだけど. . . 。


それでもわれわれは前に進むしかない。
与えられた役目を果たすしかない。
【プロジェクトby 神様】に何らかの形で貢献したいのであれば、どんなに小さかろうと、この世に自分が生きたという確かな足跡を残したければ、とにかく何かを「やる」しかない。
それが何であれ、まずは目の前にある作業をひとつひとつこなしていくしかない。
作業にあたっては、最善を尽くし、できるだけ質の良いものを生み出すよう努力する。
そうした仕事/努力から逃げずに、こつこつと続けていくことではじめて【自分を好きになる self-love】ことができるんじゃないかなあ。シーモアさんによると、それこそが創造的活動を続ける上で一番必要とされるものだ、という。

(シーモアさん、エニアグラムで言うと非常に健全なタイプ9でしょうね。
人格的に成熟した9の人ならではの、癒しのマイナスイオン放出中、です!
ちなみに、アンドリュー・ハーヴィーは非常にわかりやすいタイプ4<笑>でしょう。
タイプ5のウィングだろうな。
もう、あのクッソ熱い、抑揚の激しい一人芝居的な喋り方からして、
他のタイプは絶対あり得なーーーーい!!!って感じ。)

「創造的活動をする上で一番大事なものは何だと思う?
【自分を好きになること(self-love)】だよ。」って。
自分を好きになれないと、外からあれこれ言われた時にもあっという間にへこんでしまい、何も続けられなくなってしまうから、って...。


繰り返して何度も見たい、何ともありがたい動画だ。
人間という生き物へ向ける、シーモアさんの眼差しはどこまでもあたたかい。
そして真実をちゃんと見抜いていらっしゃる。
ほんと、ユング心理学でいうところの「老賢人(老賢者・Old Wise Man)」の元型をまさに体現していらっしゃるようなお方って感じがする。


...でも、やっぱり「"わたしの"地蔵菩薩さま」っていう表現が一番しっくり来るな。
笑顔のシーモアさんは。


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(来週届くのだ!早く読みたい!!! 
上のアンドリュー・ハーヴィーとの対談本はKindle版で買ったけど、少しだけ後悔。
パラパラっとめくっては目が留まったところを【本日のおみくじ】風に読む、という楽しみ方をしたいのであれば、やっぱり紙の本がいいですね。 )


2016/12/07

創造しよう。「自分が充たされるため」に。【後編】


また間が空いてしまいました。
お元気でお過ごしのことと思います。
故国・ポーランド二都市での室内楽公演を終えられ、12月からはいよいよ本格的なソロ・リサイタルを中心とした演奏会シーズンの始まりですね。
日が暮れるのが早く、夜がとっても長い冬のヨーロッパ。
場所によっては相当冷え込むところもあるのではないかと思います。
どうぞお身体を大事になさって、これからの約7か月を無事乗り切ってください。ご成功をお祈りしております。
・・・あっ、でもその前にまずは"Wesołych Świąt! /Joyeux Noël! /Merry Christmas!" 。
大切な方々と一緒のクリスマス休暇、楽しんでくださいね。



(原題は"Seymour: An Introduction)

というニューヨークシティ(NYC)在住の、今年89歳になるピアノ教師・ピアニスト シーモア・バーンスタイン(Seymour Bernstein)の日常を追ったドキュメンタリー映画の話をしかけたところで、一旦話を区切りました。

【こちらが映画の予告編です。上映スケジュールはhttp://www.uplink.co.jp/seymour/theater.phpでご確認ください。
日本全国、いろいろな街で続々と上映が決定しています。皆さんのお近くの映画館にも来るかもしれませんよ。クラシック音楽好きも、それほどでもない人も、ぜひご覧になってください。】



なんて素敵な笑顔なんでしょう...。



この予告編の途中に、【"わたし"の先生】という字幕が流れますが、私の場合、映画の最初から最後までシーモアさんが


【"わたし"の地蔵菩薩さま

http://www.wikiwand.com/ja/%E5%9C%B0%E8%94%B5%E8%8F%A9%E8%96%A9

に見えて仕方がありませんでした。


子供と動物が大好き。(愛猫家さんです。)
ご自身もまた、幼子のように純粋で、慈悲深い心の持ち主でいらっしゃる。
日本人のわれわれには実に馴染み深い、「お地蔵さん=地蔵菩薩さま」のイメージにぴったりとはまるような、愛らしいおじいちゃま先生がそこにいました。


フリー素材屋Hoshino

目の前にいる人を包み込む、あたたかな微笑み。
戦死した仲間を思って流した、きれいな涙。
そしていたずらっ子の少年が見せるような、お茶目な表情。
映画が始まって何分もしないうちに、私、シーモアさんの魅力にすっかりとろかされてしまいました。


途中で登場する日本人生徒さんのIchikawa Junko(市川純子)さんの言葉を借りるならば、まさに"I fell in love in him.(恋しちゃったんです)" といった感じでしょうか。
(Junkoさん、その後慌てて"...in his music([シーモアさんの]音楽に)"と付け加えましたよね。あの時の表情、とってもキュートでした!)


本作品の監督・イーサン・ホークも、きっと私たちと同じような気持ちを抱いたに違いありません。
共通の友人宅での夕食会に招かれ、会った途端に"I felt safe with him."(この人は大丈夫、安心できるって思った)と確信。
悩み相談に乗ってもらううちに、イーサンは「シーモアさんを主役にしたドキュメンタリー映画を作ろう」との決意を固めます。
彼もまた、シーモアさんに恋しちゃった一人ですよね。


シーモアさんが口にする言葉は、一つ一つが宝石みたいにキラキラと叡智の光を放っている。
素敵に年齢を重ね、人類の宝である超一級の芸術作品と親しむ人ならではの確かな眼力を備え、【本物】を鋭く見極めることができる。
それでいて、実際に会ってみると、威圧的なところなど微塵も無い。
幼子のように純粋で、生きとし生けるもの全てへと向けられた慈悲心の持ち主である...。


シーモアさん、やっぱりどこまで行っても地蔵菩薩さまっぽいですよ。


「大人」と呼ばれるようになって久しい、アラフィフ(もうすぐ50歳...。)世代の私たちではありますが、さて、このような条件を全て満たすような大人って、果たして私たちの周りにどれだけいるでしょうか。


...いませんよね。
たとえいたとしても、せいぜい一人か二人といった程度、じゃありませんか?
残念ながら。



映画を見た人、実際に会った人の誰もがたちまちシーモアさんに恋してしまう理由。
それは、

「こんなに魅力的な大人、いまだかつて見たことない!」

という新鮮な驚きと、そういったたぐいまれな偉人と出会えた喜び。
こういう感情が限りなく「恋」の初期段階と似通っているから、ではないでしょうか。

"I thrive on solitude.
I have to be myself in order to sort out all the thoughts that course through my mind.
Our social world is unpredictable.
Someone who may be the closest to you can, one day, say something and somehow the relationship dissolves.

I have to tell you that our art is totally predictable.
Music will never change.  (...) Because of the predictability of music, when we work at it, we have a sense of order, harmony, predictability, and something we can control.  "
 
「僕は一人でいると生き生きしてくる。
自分の中をよぎる種々の思いを整理したかったら、一人にならなきゃいけない。
一寸先のことは予測できない。それが他人との付き合いだ。
誰よりも親しくしていた人が、ある日急に何かを言ってきて、関係が途切れてしまう。そういうこともある。

だけどね、芸術っていうのは完全に予測可能なんだよ。
音楽は決して変わることがない。(...)
予測可能だからこそ、音楽に向き合うことで、人は秩序、調和、予測可能といったものを実感できるし、
自分がコントロールできる何かを手に入れることもできる。」


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(英文はアメリカ版DVDの字幕から引用。拙訳を付けました。以下、同様。)

でも、ただ優しく、甘いだけじゃないんです。教育者・友人としてのシーモア・バーンスタイン先生は。
人によっては物凄く厳しい先生、と感じられるかもしれません。

"When you reach my age, you stop playing games.
You stop lying to people, and you just say really what's in your heart.  And you find out that it's the greatest compliment to someone when you really say the truth and don't just say what they expect you to say."

「僕ぐらいの年になると、もうごまかしはしなくなる。
嘘をつくのを止めて、ただ心にあることを包み隠さず話すようになる。
相手が聞きたいと思っているような話ではなく、真実を語ること。 
結局、それが相手にとっては最大級のほめ言葉になるんだ。」 

自分が嫌われたくなくって、仕返しを受けるのが恐ろしくって、【真実を語る】のを忌避する人があまりにも多い。
それが現代社会という、われわれが生きる、ある意味で「残念な」社会です。


20世紀後半の私たち現代人は、痛みや辛さを減らすことを最優先したがために、それ以外の場所では決して得ることのできない、貴重な学びや教訓といったものもどんどん減らし、視界からきれいさっぱりと排除するところまで行ってしまいました。
で、最後にたどり着いたのは「ネガティブ(否定的)なのはダメ!ポジティブでなくっちゃ!」を連呼するような、いわゆる「ポジティブ教」。薄っぺらい現実逃避の一手段に過ぎないものが、「これは金になる」とばかりに飛びついた世界中のメディアが猛プッシュして、たちまち一つの巨大ムーブメントが作られたのです。
例えば、「引き寄せの法則」(Law of Attraction)、それにヒントを得てうまくパッケージ化した「ザ・シークレット」、そして、それらに続いての流行りとなった「覚醒」「悟り(Enlightenment)」モノの数々。
(私も一時期ハマりましたので、あまり偉そうなことは言えませんが。バカだったな、って反省してますよ・・・。)


苦しみや辛さの原因に真っ向から立ち向かうことを拒み、人間本来の姿にはつきものの弱さ・情けなさから逃げる。
そうした似非(エセ)の「教え」が、あまりにも多く市場に溢れ過ぎてしまいました。


人と人との付き合いにしたって、同じことが言えます。
問題の根っこから目を背ける。
面倒な関わり合いは避ける。
気分が良いことしかしない。
波動が下がっちゃうようなところには行かない...。
どうもこういうのが最近のトレンドらしいですよ。


ちょっとやそっとの揺れではびくともしないような真の信頼を伴わない関係ばかりだから、
上辺だけの仲良しごっこをしているだけの関係ばかりだから、
ほんの少しの【真実】が混入しただけで、いとも簡単にひびが入って壊れてしまう。
そして二度と元には戻らない...。
われわれが今いる社会って、多分そういう「面倒なことになったら、捨てる」ことが普通になり過ぎたのでしょうね。
ああ人情紙風船
(←っていうタイトルの、大昔の日本映画があったそうです。古すぎて私も見たことないんですけど。)


そんな中で、われわれの前に静かに現れたのが、シーモアさんのような「真実を語り、信じることの大切さを教えてくれる」タイプの生身の人間。
人と人との信頼関係が揺らいでいる時代にこそ、こういう真実を重んじるタイプの導師(メンター)や、友人が一層求められている。
会ってみたい、話してみたい、って誰もが願っている。口に出しては言わなくても。
私にはそう思えてなりません。
一時的には聞く側に痛みを与えてしまうかもしれないけれど、それでも嘘よりは真実を口にする方を選ぶ。
ごまかさない。
そういう方が周りにいて、困った時に話を聞いてもらえたら、どんなにか心強いことでしょう。


(常に誠実であろうとする生き方って、実はとても勇気の要ることなんですね。他人からの承認を絶えず追い求めているような、自信ゼロの臆病者にはとてもできません...。)

確かに、そうした方って、実人生でお目にかかる機会はほとんど期待できないです。
まぁ、インドの奥地やヒマラヤの高山にある洞穴にでも訪ねて行けば別でしょうが。
一人や二人ぐらいはそうした条件を満たす、徳高い聖人・聖者がいて、われわれにありがたい教えを授けてくれるのかもしれませんけどね。
とはいうものの、そんな所へ赴く金も無ければ、時間も無い。
現代の都市型社会に暮らす大多数のわれわれにとっては、それが現実です。


でも、私たちはご縁あって、シーモアさんという希代の名教師の存在に触れることができた。
珠玉の言葉を聞くことができた。
その幸運をつかめたことを天に感謝しなければ、ですね。
たとえそれが映画/DVDという形であっても、素晴らしい先生との出会いは価値ある出会い。
これがきっかけで、人生が大きく変わっていく人だっているかもしれないのです。
優れた芸術作品には、そうした人格の変容を促す力がありますよね。
それはあなたが誰よりもよくご存知なはずです。


映画の最後で、シーモアさんは監督のイーサン・ホークとその演劇仲間たちを前に、35年ぶりのソロ・リサイタルを開きます。

(もっとも、こちらの本によりますと、室内楽の演奏会といった、ソロ以外での演奏活動は細々と続けられていたそうですが。 
詳しい人に聞いたところ、ピアノソロリサイタルと室内楽でのピアノパートの演奏は、その緊張度・ストレスにおいて、物凄い差があるようです。 
コンサートピアニストって、本当に精神的にしんどい、苛酷なお仕事なんですね...。P.A.様、そして古今の名ピアニスト全ての皆さんに心からの敬意を表します。)


("Play Life More Beautifully"というタイトル、映画の中でイーサン・ホーク がシーモア先生に語った、あの印象的なせりふから取ったのでしょうか?ーーー"Playing life more beautifully is what I'm after.")


P.A.様も最近精力的に取り上げていらっしゃる作曲家で、


Schumann : Piano Works
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ドイツ・ロマン派音楽の代表的な作曲家、ロベルト・シューマンが最愛の女性・クララに捧げた曲「幻想曲 ハ長調 op. 17」。
シーモアさんは、この第三楽章をリサイタル(と、映画)の最後を飾る曲に選びました。


(このティーケトル、ロベルト&クララのシューマン夫妻が本当に所有していたものだそうですよ!)

演奏者の人柄、その生き方は、作り出す音の中へと自然とにじみ出て、結果として聴衆の心を深く、激しく揺さぶるほどの偉大な力を持つようになる。
本当にその通りだと思います。
普段からあなたの演奏を聴きながらうすうす感じてはいましたが、シーモアさんのこの映画を見たことで、それが絶対的な確信へと変わりました。


去る3月、Humans of New YorkのFacebookページに掲載されたインタビューであなたが語っていた言葉。
その一つ一つがシーモアさんの口から出てくる言葉と重なり、こだまのように響き合うのを感じていました。
その事実が私の中でより一層大きな感動の波紋を生み出し、心の隅々にまで静かに広がって行きました。
映画を見ながら、幾度もこう思ったものです。

たとえ世代や国や育った環境が大きく異なっていたとしても、本当に誠実に音楽と向き合い、良いものを生み出そうと日々努力している一流の音楽家であれば、語る内容や考え方は自然と似てくるものなんだなぁ...】

って。

参考過去記事:
【続報】ま・さ・かの有名ピアニスト...いきなり大炎上


エンドロールが流れ始めた頃には、もう、涙ぼろぼろ。しばらく止まらなかったです。
バッハのカンタータ (BWV106、「神の時こそいとよき時 Gottes Zeit ist die allerbeste Zeit」)の演奏をバックに、心の中にしつこく居座っていた様々な迷いやためらいをきれいさっぱりと洗い清めてくれた涙。
まるで日照りが続いた後の、恵みの雨のように優しく、ありがたい涙でありました。


シーモアさんが私たちに贈ってくれた叡智の言葉。
もう、たくさんあり過ぎて、これだけ引用してもまだまだし足りない程です。
でも、私にとって、一番心の奥深くにずしーんと響いたのはこれなんですよ。

"When I placed tremendous challenges before me, only to be cast down, something in me said, 'Really, you're inadequate?  Well, then stop beefing about it and make your self adequate.'   
Instead of practicing four hours a day, I turned it eight."  

「とてつもなく大きな困難を自分に課しておきながら、それに打ち勝てずにいた時、自分の中でこういう声がしたんだ。『もうだめだ、できない、って、本当にそうか?さあ、弱音なんて吐くのは止めて、できる自分になってみろよ。』 
で、一日4時間だった練習を8時間へと増やしたよ。」

練習時間を4時間を8時間に増やす。
文字にしてしまうとサラッと読めてしまいます。別に大したことないじゃない、と、軽く流されてしまうかもしれません。


...が!!!


ピアノに向かって8時間。
...よくよく考えると、これって物凄い練習量ですよ!
種目にもよるでしょうが、プロのアスリートだって毎日きっちり8時間練習する人なんてそれほど多くはないはず。
しかも、御年80代後半に差し掛かったシーモアさんがここまで真剣に取り組むのですからね。
...常人の想像をはるかに超えたそのプロフェッショナリズムに、ただ脱帽するしかありません。


「足りないようなら、練習量を増やす。」
結局、このシンプルな処方箋に勝るような安全・確実な「自信増強法」なんて、この世の中にはありっこ無い、ということですね。
近道?
早道?
抜け道?
そんなもの、期待するだけ無駄です。余計な妄想なんて止めて、とっとと仕事に取り掛かるしかありません。
ズルして楽して、ちゃっかり成果だけ手に入れよう、甘い汁吸おう...。
できるわけないじゃないですか。
世の中はそういう仕組みでは動いていないのです。最後の最後には努力した人だけが微笑むのです。
今も昔も。これからも。


もうお気づきでしょうが、私、最近のスピ系な人々(英語だと"New Ager"か。)がいかにも好みそうな「波動vibrationを上げれば望みは叶う!」といった、あまりにも調子の良過ぎるスローガンにはすっかり辟易していましてね。
でも、シーモアさんにここまで潔く
「できるようになりたい?だったら、努力を倍増するしかない。」
って言い切ってもらえたおかげで、百万の援軍を得たような、そんな頼もしい気持ちになりました。
何しろ、コンサートピアニストとして、カーネギーホールアリス・タリー・ホール(リンカーンセンター)といった、P.A.様もこれまでに何度も演奏していらっしゃるような超一流の会場でのソロ・リサイタルを何年も何年も経験してきた方ですから。
説得力は抜群です。


だから、私もシーモアさんを見習って、これからもずっと

書きます。

書き続けていきます。

書くことを止めたりしません。

他の誰のためでもなく、
ただ「自分が充たされる」ために。

これからもずっと書きます。
下手っぴぃでも、コツコツと練習します。


ナイキ(Nike)のCMじゃないですが、
"Just do it." (とにかく、やれ。)...ですよね。


私にとっては一生忘れられない宝物となった映画・「シーモアさんと、大人のための人生入門」。
もしまだご覧になっていないようでしたら、ぜひ。


決して後悔はさせません。


既に3人を無理矢理劇場へと追いやり、しかもその全員から
「あまりにも内容が豊か過ぎて一回見ただけじゃ足りない。何回も繰り返して見たい。」
という絶賛の言葉を引き出した、この私(どの私なんだか)が言うのですから。
騙されたと思って、まずは見てください。心からお勧めできる作品ですよ。


そして、"わたしの"地蔵菩薩さま・シーモアさんに思う存分「恋しちゃって」くださいね。
きっと何かいいこと起こるはずです。



(英語版と日本語版の予告編、使用されている場面が若干異なるんですよ。
行こうか行くまいかまだ迷っている方の参考になれば...ってことで。)